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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン12

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第98章 冷戦と高度成長




 青年の視界に、暗転ののち、賑やかな街並みが浮かび上がった。

 ――東京オリンピック、1964年。

 国立競技場の聖火台に炎が燃え上がり、世界中の人々が歓声を上げている。アナウンスは「新生日本」を強調し、街には高速道路と新幹線が駆け抜けていた。


 AIの声が響く。

 《この時代、血統はもはや政治の中心にはいません。しかし、旧皇族の多くが学者・外交官・文化人として社会に再び顔を出すようになりました》


 青年の目に、一人の元皇族の姿が映る。大学の講義室で、歴史学を教えている。学生たちは熱心にメモを取り、彼の血筋よりも、その学識に耳を傾けている。

 黒板には「古代律令国家の構造」と大きく書かれていた。

 青年は感慨を覚える。

 「祖先はついに、知識そのものを武器にして社会へ復帰したのか」


 場面は変わる。

 ヨーロッパの大使館。スーツ姿の外交官が立食パーティーで各国の要人と談笑している。名札には、かつて皇族だったことを示す旧姓が小さく記されていた。

 外国人はその名に反応し、「あなたの国の伝統を体現している」と敬意を示す。

 青年は複雑な気持ちを抱いた。

 国内では一市民。しかし国外では文化的象徴。

 AIが補足する。

 《血統は内政的には解体されましたが、国際舞台では“ソフト・パワー”として再評価されたのです》


 次の場面。博物館の展示室。学芸員となった旧皇族の女性が、来館者に日本美術の解説をしている。着物に白手袋、穏やかな声。彼女は誰もが理解できる言葉で、屏風絵や能面の歴史を語っていた。

 観客は熱心に聞き入り、血筋ではなく知識と人柄に敬意を払っている。

 青年はその姿に胸を打たれた。

 「血統は権力を失っても、文化の語り部として生き残ったのだ」


 AIが囁く。

 《高度経済成長は、物質的豊かさを国民に与えました。しかしその裏で、人々は精神的支柱を探していた。旧皇族は“失われた象徴”ではなく、“文化の守人”として役割を果たしたのです》


 場面は再び東京へ。1960年代の街頭デモ。安保闘争に揺れる群衆が国会を取り囲む。青年は群衆の中に一人の旧皇族の青年を見た。

 彼はスーツ姿で、他の学生と肩を組み、声を上げていた。

 「自由を守れ! 戦争を繰り返すな!」

 その姿に、青年は衝撃を受けた。

 「かつて国家を統べた血統が、今は民主の一市民として声を上げている」


 AIが語る。

 《血統は特権を失い、ようやく時代と同じ地平に立ちました。そこには矛盾も皮肉もありますが、それこそが新しい“共生”の形でした》


 視界は再びオリンピックの競技場へ。日本選手団が入場し、観客が日の丸を振る。だが青年の目には、観客席に混じって座る元皇族の家族の姿が映った。彼らは誰とも変わらない庶民の服装で、ただ拍手を送っていた。

 青年は胸の奥で確信した。

 「血統は、国家を超える文化の層として生き延びている」


 AIの声が締めくくる。

 《次にあなたが見るのは、バブルと観光国家。血統が“伝統のブランド”として消費されていく光景です》


 視界が暗転し、青年は深く息を吐いた。

 血統はもはや国家の鎖ではない。だが、商品や文化資本として再び人々の欲望に組み込まれていく――その予感が、胸に不安を落とした。


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