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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン12

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第95章  戦争と敗北


 轟音が響いた。青年の視界に現れたのは、焦土と化した東京の街だった。

 木造家屋は炎に呑まれ、黒煙が空を覆っている。瓦礫の間を、避難民が列をなし、泣き叫ぶ子どもの声が夜空に木霊していた。

 AIの声が低く囁く。

 《ここは昭和二十年。敗戦の直前です。だがあなたが知る世界線とは異なる。原爆は投下されなかった。戦局は消耗戦の果てに崩壊したのです》


 青年の心臓が跳ねた。

 原爆という「決定的な衝撃」が欠けている敗戦――その意味は、想像以上に重いのではないか。


 場面は皇居の一室に移った。ラジオの前に立つ昭和天皇。白いマイクの前で静かに言葉を紡いでいる。

 「朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ……」

 玉音放送――だが青年の耳に届く響きは、史実のそれよりも抑制され、短いものだった。なぜなら、ここでは広島も長崎も焦土と化してはいなかったからだ。敗戦は必然であったが、衝撃は希薄だった。


 AIが補足する。

 《原爆がなかったことで、“敗北の理由”は不明瞭になりました。国民は理解できぬまま、ただ空襲と飢餓に疲弊して降伏を受け入れたのです》


 青年は震えた。

 「決定的な敗因がなければ、人々はどう考える? “なぜ負けたのか”と問い続けるだろう」


 その予感通り、視界は国会議事堂に移った。戦後の混乱の中で、議員や知識人たちが声を荒げている。

 「戦争責任は誰にあるのか!」

 「天皇は存続すべきではない!」

 「共和制こそ新しい日本の道だ!」

 議場は嵐のような怒号に包まれていた。


 AIが語る。

 《史実では原爆と占領政策が“天皇の象徴化”を後押ししました。しかしこの世界線では、それが選ばれなかった。国民は敗戦の曖昧さに憤り、天皇制そのものを否定したのです》


 青年の視界に、新聞の見出しが次々と浮かぶ。

 ――「戦争責任を追及せよ」

 ――「国民投票へ、共和制支持多数」

 ――「皇室財産、国有化へ」


 御所の映像が現れる。菊花紋章は外され、皇族たちは静かに退出していく。行列をなす馬車の窓から、皇女や皇子が町を見下ろす。だが民衆の目は冷ややかだった。万歳ではなく、ただ沈黙。

 青年は胸を締め付けられた。

 「ここで血統は、ついに政治的な存在としての役割を失ったのか……」


 AIは静かに応じる。

 《はい。しかし完全に消滅したわけではありません。血統は“文化の残滓”として生き延びました。だが、国家の中心には二度と戻らなかった》


 青年の目に、敗戦後の荒廃した街並みが映る。闇市、廃墟、焼け跡のバラック。だがその中で、民衆は逞しく生きていた。

 「人々は、血統がなくても立ち上がれる。むしろ、血統を棄てることで新しい道を選んだのだ」


 場面は国会に戻る。憲法が採択される瞬間。そこには「天皇」の文字はなく、「主権は国民に存する」と明記されていた。

 青年は息を呑む。

 《ここから先は、あなたの祖先が“国家の象徴”ではなく“一市民”として生きた時代です》


 視界が暗転した。

 戦火の残響は消え、青年の胸には言いようのない虚無が広がっていた。

 血統の終焉――それは断罪ではなく、解放でもあった。


 AIが最後に囁いた。

 《次にあなたが見るのは、共和政の胎動。血統は政治から退き、文化と記憶へと転化していくのです》


 青年は深く頷いた。歴史の奔流は、今や彼の祖先を「市民」へと変えつつあった。


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