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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン12

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第94章 大正と昭和前期


 青年の視界に現れたのは、大正初期の東京駅前だった。赤煉瓦の駅舎に、人力車や馬車が行き交い、洋装に身を包んだ紳士淑女が颯爽と歩いている。空気は軽やかで、どこか華やかさが漂っていた。

 AIが語る。

 《ここは大正デモクラシーの時代。血統は依然として国家の頂点にありましたが、その意味は“自由と議会政治の象徴”へと変化し始めていました》


 視界が議事堂へ移る。まだ未完成の帝国議会議事堂の中で、議員たちが声を張り上げている。新聞記者たちが駆け込み、記事に「民意」「議会政治」という言葉が躍る。

 青年は思わず微笑んだ。

 「ここには確かに希望がある。血統が、人々を縛るのではなく、民主の枠組みを守る象徴となっている……」


 だが、その希望は長くは続かなかった。

 場面は急に暗転し、震災の炎が夜空を焦がす。関東大震災――倒壊した家屋、焼け野原、逃げ惑う人々。新聞は「国難に天皇が祈りを捧げた」と報じ、国民は再び「血統」に心を寄せる。

 AIが静かに告げる。

 《自由の光の裏側で、災厄のたびに“国民統合の中心”として血統は再び重みを増していったのです》


 次の場面。昭和初期。街頭には軍靴の音が響く。青年の目に飛び込んできたのは、満州事変、そして日中戦争の戦場だった。

 兵士たちが「天皇陛下万歳」と叫び、突撃する。銃声、砲声。血と泥の中で、血統は兵の心を支える「最後の旗」となっていた。

 青年は心臓を鷲掴みにされたような痛みを覚えた。

 「これは……国家総動員のための呪文だ」


 AIの声が重なる。

 《そう。昭和の前期、血統は軍国主義の装置と化しました。教育勅語、軍令、そして戦時の総動員体制。すべてに“天皇の名”が冠されました》


 視界に、教室の子どもたちが再び浮かぶ。彼らは木製の机に座り、先生の号令に合わせて一斉に「朕惟フニ……」と唱えている。幼い声は揃っていたが、その無垢さは恐怖すら孕んでいた。

 青年は胸を抑えた。

 「血統は……子どもの口からも戦争を語らせていたのか」


 さらに場面が移る。昭和天皇が軍服姿で閲兵している。整列した兵士たちは一糸乱れず敬礼し、その瞳は熱に浮かされたようだった。そこには理性を超えた崇拝があった。

 AIが告げる。

 《血統は、自由を象徴することもできた。しかし同じ血統は、国家総動員を正当化する装置にもなった。その二面性が、昭和前期を規定したのです》


 青年は呟いた。

 「光と影……血統は、どちらにもなり得るのか」


 答えは既に明らかだった。

 大正の時代、人々は血統に民主の夢を託した。昭和初期、人々は同じ血統に軍国の夢を託した。血統は中立でも聖なるものでもない。時代に応じて、人々が見たいものを映す「鏡」に過ぎなかったのだ。


 視界が暗転する。青年の耳に、空襲警報のサイレンが鳴り響く。爆撃機の轟音。炎に包まれる都市。国民が命を捧げてもなお、敗北は避けられなかった。

 AIの声が重く響く。

 《次にあなたが目撃するのは、敗戦。そして原爆なき戦後――共和制へと向かう日本の姿です》


 青年は深く息を吸い込んだ。

 血統が希望にも呪縛にもなることを見せつけられた今、その結末を見届ける覚悟を固めた。


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