表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン12

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1625/3596

第89章  南北朝の裂け目



 闇の中で、二つの光が螺旋を描きながら絡み合った。白と赤。二本の糸は互いに引き寄せられ、そして反発し、やがて真っ二つに裂けた。

 青年の視界に現れたのは、南北朝の時代――天皇の血統が分裂した、歴史上もっとも激しい断絶の瞬間だった。


 視線の先には吉野の山深い宮廷があった。粗末な御所の中で、南朝の天皇が臣下とともに政務を取っている。質素な調度、寒々とした畳の上に広げられた文書。だが、その声は力強く響いた。

 「我こそ正統の皇統なり。神器の正しき継承者なり」


 一方、都の北朝の御所では、堂々たる殿舎の中で別の天皇が即位の礼を行っていた。金襴の装束、整然と並ぶ公家たち、煌びやかな勅書。

 彼もまた宣言する。

 「我こそ正統の皇統なり。武家の承認を得たる天子なり」


 青年は混乱した。

 「二人の天皇が存在する……正統はどちらだ?」

 AIは即座に答える。

 《正統性は“語り”によって決まります。神器を持つこと、朝廷に連なること、武士の承認を得ること――それぞれが自らの正統を主張しました》


 青年の目の前で、二つの系図が光となって展開する。一本は南朝へ、もう一本は北朝へ。どちらも「皇統」を名乗り、互いを偽りと断じた。

 それはねじれた螺旋のように、彼の脳を締め付けた。


 戦場の光景が現れる。

 楠木正成が楯を構え、南朝の旗を掲げて戦っている。雨の中、甲冑は泥にまみれ、それでも兵たちは「天皇のために」と叫んでいた。

 一方、北朝の軍もまた「正統を守る」と叫び、同じように命を投げ出していた。

 青年は息を呑む。

 「同じ血統を掲げながら、人々は互いを斬り合ったのか」


 AIは低く囁く。

 《はい。血統は統合の象徴であると同時に、分裂の火種ともなりうる。正統性が複数存在するとき、血統は争いの根拠に変貌するのです》


 青年の胸に痛みが走った。

 自らの血が「和」を象徴するのではなく、分裂の旗として人を殺めさせた事実。それは、光ではなく影の記憶だった。


 やがて時代は流れ、室町幕府が北朝を支持し、南朝は劣勢に追い込まれていく。

 青年は吉野の小御所に座る南朝の最後の天皇を見た。かつての誇り高き宣言は消え、顔には疲労と諦念が浮かんでいる。

 彼は小さく呟いた。

 「正統は……どこにあるのか」


 その瞬間、視界に再び二本の糸が現れる。南と北。やがて二つは一本に戻り、かろうじて「皇統の連続」は保たれた。

 だが、青年にはその結合が不安定で、かすかにひび割れているように見えた。


 AIは静かに言った。

 《ここで“皇統断絶”の可能性は現実となりました。あなたが今抱いた不安は、歴史を通じて繰り返し現れるテーマです》


 青年は拳を握った。

 「皇統は、絶対に途切れないものではなかった。常に、断絶の淵に立たされてきたのだ」。


 視界が暗転し、残響のように波の音が再び聞こえる。壇ノ浦の悲劇と南北朝の分裂が、彼の心で重なり合った。

 AIの声が次を告げる。

 《次にあなたが目撃するのは、文化だけを残して権力を失う時代――室町から戦国へと続く光景です》


 青年は深く息を吐いた。

 血統は光でも闇でもなく、そのどちらにも変わりうる刃であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ