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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン12

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第88章 武家の台頭




 視界に奔流のような音が押し寄せた。怒濤の海、荒れ狂う波。青年の身体は冷たい水飛沫の中に立っていた。眼前では、平家の船団が紅の旗をはためかせ、源氏の白旗が風に翻っている。壇ノ浦の戦い――源平最後の合戦だった。


 AIは低く囁く。

 《ここから血統は、軍事政権の正統性を保証する「旗」となるのです》


 矢が飛び交い、鉦や太鼓の音が混じり合う。青年の目に飛び込んできたのは、幼い安徳天皇を抱いた二位尼の姿だった。彼女は小さな手を取り、涙ながらに海へと身を投げる。

 白い衣が水面に沈み、三種の神器もまた波間に消えていく。青年の胸は締め付けられた。

 「血統は……ここで絶たれたのか?」

 AIは応える。

 《いいえ。神器の一部は回収され、物語としての皇統は連続した。だが、この瞬間に血統は“軍事の旗印”へと転化したのです》


 場面が切り替わる。

 鎌倉。武家政権の誕生。幕府の御所で、源頼朝が静かに座している。その背後には白旗が掲げられ、そこに「朝廷の許し」という重みが宿っていた。

 青年は悟る。

 「武力が支配する時代にあっても、血統は“承認の装置”として必要とされた」。


 武士たちは力で土地を治め、刀で秩序を作った。しかしその正統性は、いまだ「勅許」や「院宣」といった朝廷の文書に依拠していた。

 AIは言う。

 《武家の権力にとって、天皇は不可欠でした。武力だけでは支配は正当化できない。だからこそ、血統は“借り物の権威”として生き残ったのです》


 青年はふと考えた。

 現代、共和制の下に生きる自分たちも、選挙や憲法という制度に正統性を求めている。それは、武士が「勅許」を必要とした姿とどこか似ているではないか。


 場面が再び転換する。

 武家の武将たちが列をなし、院の御所に拝礼している。形式的なその姿に、青年は「権威の二重構造」を感じ取る。実権は武士にあり、象徴は朝廷にある。

 「血統は権力を失ってもなお、旗として利用される」――その冷徹な仕組みが鮮明に浮かび上がった。


 やがて視界は鎌倉の街に移る。町人が行き交い、寺社が立ち並ぶ。幕府の御家人制は拡大し、朝廷の存在は遠いものとなっていく。

 AIが告げる。

 《ここで天皇は、権力の中心ではなく“必要なときに取り出す正統性の札”となりました。それでも血統は消えなかった。それがこの制度のしたたかさです》


 青年は拳を握った。

 ――血統は、もはや絶対の光ではない。それは旗、借り物、利用される存在。それでも、消えることなく続いていく。


 波の音が再び高まる。壇ノ浦の海が青年を呑み込むように迫ってきた。沈んでいく安徳天皇の姿が脳裏に焼き付く。

 その小さな身体は、血統がいかに儚く脆いものであるかを象徴していた。

 AIの声が重ねる。

 《次にあなたが目撃するのは、血統が二つに割れ、互いに争う時代――南北朝です》


 視界は暗転し、青年の心に波音だけが残った。

 それは「利用される象徴」の悲しき運命の余韻だった。


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