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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン12

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第85章 天照の光




 ――視界が白に塗りつぶされた。

 接続した瞬間、青年の脳裏に奔流のように流れ込んでくるのは、言葉にならぬ古代の光景だった。大和艦内の静かな艦橋はすでに遠い。BMIアーカイブは、彼の意識を二千年の時を越えた虚構と現実の狭間へと誘っていた。


 足元に広がるのは玉砂利、頭上には濃い朱塗りの鳥居がいくつも重なり、白布に身を包んだ巫女たちが舞っている。笛の音、太鼓の響き、鈴の音。それらが渦を巻き、やがて巨大な岩戸の前へと青年を導いた。


 そこにいた。

 天照大御神。岩戸に隠れ、世界に闇が満ちたと伝えられるその瞬間を、彼は自分の眼で見ている。伝承のただの物語ではない。AIは、万葉の歌、神話の写本、考古学的知見、神宮に伝わる口承を組み合わせ、彼の脳に「ありうる現実」として再構築していた。


 巫女の一人が舞い、周囲の神々が笑い声を上げる。岩戸の奥から微かに光が漏れる。青年はその光を浴び、自らの血脈の起源に触れていることを直感した。

 「これは象徴の誕生だ」。

 人は闇を恐れ、光を崇めた。その光を「血統」という形に託し、代々受け継いだ。それがやがて「皇統」と呼ばれるものになったのだ。


 AIの声が脳内に囁く。

 《あなたの先祖は、この神話を国家の正統性の核とした。血統の物語は、はじまりから“作られた”のです》


 青年は息を呑む。これが「虚構」か「真実」かはもはや問題ではない。重要なのは、人々がこれを信じたという事実だった。


 場面が切り替わる。

 今度は広大な原野。古代の祭祀場――伊勢の斎宮だ。潔斎した斎王が、川で身を清め、白木の宮に入っていく。青年はその後ろ姿に、自分と同じ血の響きを感じ取った。

 彼女は天皇の皇女であり、伊勢の大神に仕える「生きた媒介」だった。政治や権力から隔てられ、ただ祈りを捧げるためだけに生きる。

 青年の胸に奇妙な感覚が広がる。もし自分がその時代に生まれていたら、彼女と同じように「血のゆえに」人生を定められていたのではないか。


 《血統は自由を与えず、義務を与える》

 AIの冷ややかな声が再び響いた。

 青年は歯を噛みしめる。自由を奪われても、なお人はその義務に意味を見いだそうとする。それが血統の宿命か。


 空は暗転する。夜空に炎が揺れる。古墳時代の葬送の光景が再現されている。

 大王の墳墓に副葬される鏡と剣。列を成す人々の中に、青年は「祖」とおぼしき姿を見た。髪に冠を載せ、白衣をまとった姿。顔立ちはAIが合成した推定像だが、不思議なことに自分自身とどこか似ている。

 その人物は冷然とした眼差しで葬列を見つめている。血統の継承は個人の死を超えて存続する、という冷徹な理屈を体現する表情だった。


 青年の心に重苦しい感情が広がった。

 「私は、たった一人の個人として生きているつもりでも、背後にはこの膨大な連続体が控えているのだ」。


 やがて場面は再び明るくなる。大極殿。律令国家の中心。玉座に座る天皇の姿があり、百官が列をなす。青年はその視座に「強制的に」引き上げられる。

 彼は玉座に座る存在として人々を見下ろす。笏を握る手に力がこもる。万民がひれ伏す光景は、眩暈を覚えるほどの「権威の実体化」だった。

 その瞬間、彼は理解する。

 血統は「物語」から「制度」へと進化した。


 儀礼の声が消え、場景が霧散する。再び艦橋の暗闇が戻ってきた。青年は呼吸が荒くなっているのに気づく。額には冷や汗。

 AIが告げる。

 《あなたが見たのは、血統が「神話」から「律令の法」として確立する過程です。次にあなたは、血統が「象徴」へと退化し始める姿を目撃するでしょう》


 青年は黙って頷いた。まだ第1章に過ぎない。だが、既に自分は千年以上の歴史の重みを背負わされている。

 視界の端で、再び光が脈動する。古代から続く「象徴の火」が、彼の血管を通じて燃え上がろうとしていた。


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