第84章 イージス艦 まや
「有馬艦長」秋月が切り出した。「我々が知る限り、テニアンからの爆撃機は、沖縄上空を通過し、日本本土へと向かうルートを取る可能性が高い。その地点で迎撃するしかない」。
有馬は頷いた。「大和の主砲で迎撃を試みる。高角砲では射高が足りぬが、46cm主砲ならば理論上は届く」。彼の脳裏には、46cm主砲が天空に向けて火を噴く光景が描かれていた。日本が誇る不沈艦の主砲で、未来の脅威を打ち砕く。それは、軍人としての本能が求める戦いだった。
しかし、秋月は厳しい表情で首を横に振った。「有馬艦長、残念ながら、それは極めて困難です。大和の46cm主砲は、対空用には設計されていません。
確かに最大射高は理論上15kmに達しますが、それはあくまで理論値であり、高速で飛行する航空目標に対し、正確な照準、弾道計算、そして時限信管の調整を行うことは、当時の技術では不可能に近い。ましてや、B-29は9,500mという高高度を巡航します。着弾までに数十秒を要し、その間にB-29は3,000m以上も移動する。命中させるには、奇跡に近い幸運が必要になります」。
有馬の顔に、落胆の色が浮かんだ。しかし、秋月の言葉には、未来を知る者としての説得力があった。
「であれば…」有馬は、秋月の艦に視線を向けた。「『まや』ならば可能か?」
秋月は、力強く頷いた。
「イージス艦である『まや』単独であれば、B-29爆撃機を確実に探知・追尾・迎撃し、原爆投下を阻止できる可能性は最大限に高い。我々のSPY-6レーダーは、数百キロメートル離れた場所からでもB-29を完全に探知・追尾可能です。
そして、搭載しているSM-2対空ミサイルは、高度24,000m以上、射程160km以上の能力を持ち、B-29のような直線飛行の大型機は、極めて容易な目標となります。発射から命中まで、コンピュータが自動で制御し、命中率は極めて高い。大和の主砲で無謀なチャレンジをするよりも、はるかに成功確率は高い。
しかし、残弾が…」
秋月の言葉に、有馬は希望を見出した。しかし、彼が言いかけた「残弾」という言葉が、新たな不安を呼び起こした。
「残弾が数発しかない、ということか?」有馬は問い返した。
秋月は、苦渋の表情で頷いた。「沖縄での激戦で、SM-2ミサイルは消耗しました。現在、搭載しているのは数発のみ。もし一撃で撃墜できなければ、次の機会はないかもしれません」。
その事実に、有馬の顔から再び血の気が引いた。数発。その一撃に、日本の未来がかかっているのだ。