第83章 《二つの航路、ひとつの未来》
2025年5月。東京湾と種子島――二つの場所で同じ名を持つ艦が、全く異なる役割を果たそうとしていた。
東京湾の大和は、早朝から市民で賑わっていた。特別公開日とあって、艦内アーカイブ体験の整理券はすぐに配布終了。学生や家族連れが行列をなし、BMI接続用のヘルメットを順番に受け取っていった。接続を終えた若者の一人は、甲板に出るなり涙を流していた。
「……砲声が耳を貫いた。振動が骨に響いた。僕は、教科書で習った“戦争”を、自分の身体で知った」
それを聞いた祖父は静かに頷き、孫の肩に手を置いた。
「忘れるな。それが、この艦の最後の使命だ」
一方、南の種子島宇宙センター。YAMATOの打ち上げカウントダウンが始まっていた。観覧席には各国からの要人や市民が詰めかけ、カメラが一斉に光を放つ。艦長の片桐は搭乗ハッチへ向かいながら、ヘッドセット越しに最後の通信を受けた。
〈東京湾の大和から、あなた方へ。記録は完了しています。未来を託します〉
短いメッセージに片桐は微笑み、仲間たちと視線を交わした。
轟音が夜明けの空を揺るがした。巨大な炎が発射台を包み、探査船YAMATOは大気圏へと昇っていった。群衆は歓声を上げ、やがてその白い光が点となり、ついには見えなくなるまで空を仰ぎ続けた。
同じ時刻、東京湾の大和では、甲板に立つ市民が南の空を見上げていた。彼らの瞳には、火星へ飛び立つ光と、背後に沈黙する巨艦の砲塔が重なって映った。
ある少女は父に尋ねた。
「お父さん、どっちが本当のYAMATOなの?」
父はしばらく考え、答えた。
「どちらも本物だよ。ひとつは過去を守る艦、もうひとつは未来を拓く艦。二つそろって、人類は沈まないんだ」
その夜、湾岸の大和艦内では、サーバのLEDが規則正しく点滅を繰り返していた。火を放つ砲口は封じられ、代わりに無数の光が記憶を刻み続けている。
――記録する艦と、挑む艦。
その二つの航路は、やがてひとつの未来に収束していく。
人類が過去を忘れず、未来を恐れずに歩み続ける限り、大和もYAMATOもまた、沈むことはないだろう。




