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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン12

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第79章 《AIアーカイブへの転生》





 2010年の閉館から数年後、大和は外見こそ東京湾に静かに浮かぶ灰色の巨艦のままだったが、その内部はもはや「博物館」ではなかった。かつて展示室だった区画は白いラックで埋め尽くされ、サーバのファンが低い唸りをあげていた。巨大な船体は冷却と電源の安定供給に最適であり、頑丈な鋼鉄の外殻は情報資産を守るシェルターとなった。


 AIアーカイブ計画。防衛省と大学の共同研究、そして科学同盟の国際機関が資金を投じた新事業だった。大和が戦場で収集した航海日誌、砲撃データ、観測映像、そして冷戦期の合同作戦記録がすべてデジタル化され、艦内に保存された。やがてそれは単なるデータベースを超え、AIによって関連づけられ「知識体系」として再構築されていった。


 「この艦はもはや砲を撃たない。だが知識を撃ち出す」

 そう語ったのは、計画に関わった研究者の一人だった。


 やがて次の段階が始まった。BMI(脳–機械インターフェース)技術を使い、人が艦内アーカイブに接続し、過去を「追体験」できるシステムが開発されたのだ。湾岸戦争の砲声、ベトナムでの艦内生活、朝鮮戦争での緊張した作戦命令――それらが映像と音声だけでなく、体感として人々に迫った。


 初めて公開された体験セッションには、若い学生や退役軍人、研究者が参加した。ある老兵は接続を終えた後、震える声で語った。

 「私はあの日の砲声を再び聞いた。だが今度は、あのとき撃たなかった一射を、自分の身体で感じた」


 その言葉は、記録が記憶へと変わる瞬間を示していた。


 2015年、艦は「鉄の図書館」と呼ばれるようになった。メディアは熱狂し、ある新聞はこう書いた。

 〈大和は、戦争を保存する艦から、人類の知性を保存する艦へと生まれ変わった〉


 2020年代に入ると、国連教育科学文化機関が正式に「人類知性アーカイブ」として認定。各国の歴史記録や証言が接続され、大和は国際的な記憶共有のハブとなった。


 2025年春。艦橋に翻るのは、もはや旭日旗でも星条旗でもなかった。白地に青の地球儀をあしらった国連旗と、科学同盟旗が風に揺れていた。


 ロー元中佐は杖をつきながら再び甲板に立った。老いた彼は静かに呟いた。

 「火を撃った艦が、今は記憶を宿す艦になった。これが未来ならば、沈まなかった意味もあったのだろう」


 艦内のサーバルームでは、無数のLEDが点滅を続けていた。それは砲口から閃光が放たれる代わりに、データの光となって脈打つものだった。


 ――火から記録へ、記録から記憶へ、そして記憶から知性へ。

 大和は沈黙の海に浮かびながら、人類の未来を担う「アーカイブの艦」として、新たな航路を歩み始めていた。



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