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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン12

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第78章 《平和記念館として》





 退役から数か月後、大和は東京湾の一角に係留され、工事用クレーンと足場に囲まれていた。艦体の外観は保存されつつも、内部は展示施設として改修されていった。かつて砲弾と火薬が積まれていた弾薬庫は冷房の効いた展示ホールに変わり、通信室はスクリーンと解説パネルに置き換えられた。


 最大の見どころはやはり46センチ砲だった。三連装砲塔は動かされることなく保存され、砲口には封印が施された。だが見学者はエレベーターで砲塔内部に入ることができ、巨大な装填機構を目の当たりにするたび、息を呑んだ。説明員は淡々と語った。

 「この砲はベトナム戦争では密林を、湾岸戦争では砂漠を撃ち抜きました。けれど最後に語り継がれるのは、“撃たなかった一射”です」


 その展示室の壁には、湾岸戦争時にPioneer無人機が撮影した映像が流れていた。瓦礫の中を歩く避難民の列を目にし、砲撃が中止された瞬間。来館者はスクリーンの前で立ち尽くし、やがて静かに通り過ぎた。


 1990年代半ばから2000年代にかけて、大和は東京の新たな観光地の一つになった。修学旅行の定番コースに組み込まれ、週末には親子連れが甲板を歩いた。子どもたちはCIWSの白いドームやHarpoonの発射筒に目を輝かせ、模型の展示に触れては「未来のロボット兵器だ!」と騒いだ。


 一方で、展示は常に賛否を呼んだ。退役軍人の中には「代理戦争の過去を美化している」と批判する者もいた。ある元水兵はテレビのインタビューで語った。

 「俺たちは祖国を守ると思って乗艦した。だが結局、遠い戦場で撃たされただけだ。博物館はその矛盾を伝えなくちゃいけない」


 市民団体も同様に抗議活動を続け、「大和は平和の象徴ではなく、権力に利用された犠牲の証だ」と訴えた。


 それでも、館内には確かに「学びの場」としての空気があった。案内役の老兵が、孫を連れた家族に語りかける。

 「この艦がどれだけの敵を倒したかを数えるために残したんじゃない。二度と数えなくていいように残したんだ」

 孫は首をかしげながらも、その言葉を心に刻んだ。


 展示の一角には「比較展示」として、ミズーリの退役後の姿が紹介されていた。ハワイの真珠湾で博物館となったミズーリは、勝者の艦としての誇りを観光資源に変えていた。対照的に、大和の展示は「勝敗を超えた記憶」として扱われ、その違いは来館者に強い印象を与えた。


 2001年9月11日、アメリカ同時多発テロが発生すると、大和記念館の意味は再び問い直された。新聞は「平和を誓った艦は、再び戦場に戻るのか」と論じ、市民の間でも議論が沸き起こった。だが最終的に、大和は動かされることなく記録の艦として留め置かれる決定がなされた。


 2000年代後半、来館者数は減少した。それでも研究者や学生が訪れ、艦内のデジタルアーカイブ室に保存された戦闘記録や航海日誌に触れた。冷戦の代理戦争を記録した膨大なデータは、歴史研究の宝庫となっていた。


 2010年、閉館が発表された。艦齢はすでに70年を超え、維持費は膨大だった。閉館式典の日、甲板には再び市民が集まった。日章旗と科学同盟旗が降ろされる瞬間、多くの人々が涙を流した。


 「ありがとう、大和」

 そう口にする者もいれば、ただ静かに敬礼する者もいた。


 ロー元中佐もまた杖を突きながら参列していた。彼は艦橋を見上げ、かつて自らが書き綴った言葉を思い出した。〈次に語るのは火ではなく、記録だ〉――その言葉が、現実となろうとしていた。


 艦体は静かに閉ざされ、外観は保存されつつも、内部は新たな使命のために封鎖された。サーバラックと光ファイバーケーブルが設置され、そこに人類の記録が格納されていく準備が始まったのだった。



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