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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン12

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第76章 《沈黙へ向かう甲板、記憶へ向かう艦》





 1991年2月、砂漠の嵐作戦は終結を迎えつつあった。クウェートは解放され、多国籍軍の艦艇は次々と帰港命令を受けていた。大和とミズーリもまた、湾を離れ、静かに南へと針路を取った。


 作戦後の評価会議が、ワシントンで開かれた。ホワイトハウスに近い国防総省の会議室。壁のスクリーンには、湾岸で撮影された映像が再生されていた。大和とミズーリが並んで砲撃する場面は、既に全世界に配信されていた。


 米海軍の高官が報告する。

 「大和の46センチ砲は、RQ-2の観測を伴えば極めて高精度だった。沿岸砲台を短時間で無力化し、敵兵の心理を崩壊させた。Harpoonの使用も効果的で、小型艇の行動を封じた。Sea SparrowとCIWSによる防御は万全で、被害ゼロで帰還している」


 議員の一人は笑みを浮かべた。

 「勝者の艦と敗者の艦が、共に秩序を守った。これは歴史的な映像だ」


 しかし別の学者出身の顧問は首を振った。

 「だが映像は二つの影も示している。破壊された村と逃げ惑う避難民だ。あの巨砲は科学同盟の成果であると同時に、代理戦争の象徴となった」


 沈黙が広がる。やがて会議は結論を出した。

 ――大和は有効であった。しかし、時代はすでに精密誘導兵器の時代に移ろうとしている。巨艦の役割は縮小せざるを得ない。


 同じ頃、東京でも国会が荒れていた。テレビ中継の議場では、与党議員が声を張り上げていた。

 「大和の砲撃は国際秩序を守る科学同盟の責務である!」

 野党議員が即座に反論する。

 「国土防衛の艦を、遠い砂漠で代理戦争に使うのは国家の自殺行為だ!」


 新聞は社説で分裂していた。〈科学同盟の誇り〉と〈大和帰還要求〉が一面でぶつかり合う。街頭では学生デモが連日繰り広げられ、警官隊が盾を構えて押し返していた。


 そして1992年。ミズーリ退役の報が流れた。ハワイでの式典には退役軍人や市民が集まり、星条旗と16インチ砲を背景に涙を流した。その光景はニュース映像として日本にも届いた。


 「ミズーリが去り、大和だけが残るのか……」

 横須賀の港で呟いたのは老いた整備士だった。彼の隣には、まだ少年の孫が立っていた。


 同じ年、大和の乗員たちもまた、新たな命令を受け取った。戦闘任務は縮小され、やがて東京湾で平和記念館として公開される計画が動き出した。艦内ではPioneer格納庫の灯が落とされ、Harpoon発射筒には封印が施された。


 小沢技監は最後の視察で甲板を歩き、砲身に手を置いた。

 「次にこの艦が人々に役立つのは、火ではなく記録だ」

 彼の言葉は乗員たちの胸に深く残った。


 十数年後、東京湾。大和は平和記念館として一般公開され、甲板には観光客や修学旅行生が溢れていた。展示室には、湾岸戦争で使用されたRQ-2の映像、Sea Sparrowの残骸、46センチ砲弾の模型が並べられていた。だが最も多くの人を立ち止まらせたのは、「撃たれなかった一射」と題された展示だった。砲撃を中止し、避難民の列を救った作戦記録。


 来館した退役兵が静かに言った。

 「火を放たなかった一瞬が、この艦を未来へ繋いだのだ」


 彼の隣で少年が問う。

 「本当にこの砲は、空より遠くまで届いたの?」

 老兵は微笑み、答えた。

 「届いたさ。だが一番重かったのは、引き金を引く“指”だった」


 夜、湾岸に係留された大和は静かに海に浮かんでいた。Phalanxの白いドームも、Sea Sparrowの発射箱も沈黙している。しかし艦内の奥深くでは、AIアーカイブ計画のために設置されたサーバが小さなLEDを点滅させていた。


 ――火から記録へ。そして記録から記憶へ。

 巨艦は沈黙の中で、新たな使命に向かって歩みを始めていた。



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