第75章 《RQ-2の影、46センチの雷鳴》
1991年1月17日午前6時、湾岸。夜明け前の冷たい海に、低い唸り声を上げてRQ-2パイオニアが艦尾から射出された。全長約4メートルの無人機は、プロペラを震わせながら灰色の空を滑るように上昇し、やがて湾岸線へと飛び去った。艦内の作戦指揮所では、緑色のモニターに揺れる映像が映し出される。粗い画素の中に、コンクリートで固められた砲台やレーダーアンテナ、駐機したトラックの影が見えた。
「目標確認。北方砲台、稼働中。射撃準備を」
観測員の報告に、砲術士官が即座に応答する。
「主砲、第一射用意。榴弾装填」
第一斉射が命じられた瞬間、甲板全体が震えた。大和の第一砲塔から46センチ砲弾が火を噴き、巨大な衝撃波が艦体を揺らした。砲声は数十キロ離れた艦隊にも響き渡り、夜明けの海を裂く雷鳴となった。
映像に白煙が立ち上り、着弾点が映し出された。観測員が即座に修正を指示する。
「誤差、左100、短50!」
二射目が放たれる。画面に閃光、コンクリートが砕け、砲台は一瞬にして沈黙した。
「命中確認!」
無線に高揚が走ったが、観測画面に思わぬ影が映った。逃げ惑う兵士たちが両手を挙げ、白布を振っている。
「……降伏か?」
観測手が声を失う。指揮所に沈黙が広がり、最終的に砲撃は中止された。代わりに拡声器を搭載したヘリが現場へ派遣され、敵兵は投降した。
史実のミズーリでも起きた“無人機に白旗を振る”出来事が、この世界では大和の巨砲と組み合わさることでより鮮烈な印象を残した。
その直後、別の脅威が現れた。湾奥から小型艇が複数接近。機雷敷設か、爆装艇の可能性がある。指揮官が叫んだ。
「Harpoon発射準備!」
艦上の四連装ランチャーから二本のHarpoonが轟音を上げて飛び立ち、シースキミング軌道で目標へ突入した。数秒後、閃光と水柱が立ち上り、小型艇は一瞬で炎に包まれた。
同時に、敵の対艦ミサイルと疑われる電波が探知された。SLQ-32電子戦システムが自動でアラートを発し、甲板上のSRBOCからチャフ弾が夜空へ打ち上げられる。銀色の雲が広がり、Sea Sparrowが発射待機、Phalanx CIWSの白いドームが回転を始めた。結果として実弾発射は確認されず、電波は欺瞞信号だったと判明したが、艦内の緊張は極限に達していた。
午前10時。Pioneerは再び目標を切り替える。湾奥の燃料タンク群と通信施設。観測員が声を上げる。
「目標シフト、通信ノード。主砲、第二斉射!」
大和の第二砲塔が咆哮し、地中に埋設された施設が轟音と共に崩落した。地面がめくれ上がり、煙と炎が空を覆う。続いてミズーリが16インチ砲で周辺の防御陣地を制圧し、両艦の砲声が交互に鳴り響いた。
「古い巨砲と新しい目が合わされば、これほど正確になるとはな……」
艦橋で小沢技監が低く呟いた。
しかし、映像に映ったのは破壊の痕跡だけではなかった。クウェート市街外縁を進む避難民の列が、偶然観測範囲に入ったのだ。老人や子どもを含む群衆が瓦礫の間を歩いていた。
「……射線上に民間人多数。砲撃中止を」
日本側士官の声は硬く、決意を帯びていた。米側指揮官は一瞬ためらったが、やがて頷いた。
「了解。航空投弾へタスク移管」
砲は沈黙し、代わりに航空機が精密爆撃を行うこととなった。
作戦を終えた夕刻、大和とミズーリは並んで錨を下ろした。赤く染まる海に二隻の影が浮かび上がり、その姿は映像として全世界へ送信された。
米国のテレビは熱狂した。〈勝者と敗者が共に撃つ〉と称賛の声が上がる。だが欧州では冷ややかな論調も多かった。〈敗者の艦を代理戦争に駆り出すのは文明の矛盾〉と。日本国内では新聞社説が割れ、街頭では再び「大和帰還要求デモ」が始まっていた。
夜、ロー中佐は手帳を開き、静かに書き記した。
〈UAVが目、衛星が耳、巨砲が声。秩序の文法は変わったが、文意はまだ同じだ――従わせること〉
ペンを置いた彼は、暗い海を見つめた。火と煙の残り香がまだ風に混じっていた。




