第74章 《砂漠の嵐:灰色の巨艦、再起動》
1991年1月、ペルシャ湾。冬の海は凪いでいたが、空気には火薬と油の臭いが漂っていた。水平線の向こうでは多国籍軍の艦艇が幾重にも並び、夜間は管制灯を消して静かに作戦命令を待っていた。その中に、一際異様なシルエットがそびえていた。
大和。半世紀を超える歳月を生き延び、幾度もの近代化改修を受けた巨艦は、かつての姿を残しながらも全く別の艦へと変貌していた。
第一砲塔から第三砲塔までの46センチ三連装砲は健在である。しかし砲塔の背後には四角いミサイル発射筒が設置され、艦尾には白いドーム型のCIWSが並んでいた。マストにはSATCOMアンテナと位相レーダーが載せられ、かつての戦艦らしい直線的なシルエットに冷戦期の電子機器が付け足された光景は、まるで時代の継ぎ目が具現化したようであった。
艦内の戦闘指揮所では、米海軍士官と日本人乗員が肩を並べてスクリーンを見つめていた。画面には砂漠の国境線と沿岸要塞の配置、そして赤で示された対艦ミサイル陣地の座標が映し出されている。
「第一次目標は沿岸砲台。Pioneer UAVで観測後、大和が制圧射撃を行う」
米作戦士官が命じると、日本側の砲術士官は短く返答した。
「了解。主砲は高初速榴弾を装填済み」
甲板上では、若い乗員が砲身を見上げていた。
「こんな巨砲が、また火を吹くのか……」
隣に立つベテラン下士官が低く答えた。
「今回は祖国を守るためじゃない。だが、砲が砲である限り、撃つ時は来る」
静かなやり取りの後、艦尾からRQ-2パイオニア無人機が射出された。小型プロペラ機は朝焼けの空へと舞い上がり、湾岸線を映し出す。モニターにはコンクリート製の砲台とレーダーアンテナが鮮明に映った。
「観測確認。射撃準備」
一方、並走する戦艦ミズーリの艦橋でも同じように準備が進んでいた。第二次世界大戦の勝者の象徴として出撃したミズーリは、16インチ砲と同様にHarpoon、Sea Sparrow、Phalanxを備え、Iowa級の威容を誇示していた。
旗艦ブリーフィングで米司令官は言った。
「大和とミズーリ、二隻の巨艦が並び立つ光景は、冷戦後の新秩序を象徴する。火力以上に、その姿自体が宣伝効果だ」
日本から同行した小沢技監は苦笑した。
「巨砲は過去の亡霊だ。しかし無人機と衛星が、その亡霊に新しい目と耳を与えた」
ロー中佐は日誌に記した。
〈砲声はもはや勘では撃たれない。UAVが目、衛星が耳、砲が声。科学同盟の戦いは、こうして始まる〉
夜明けの空にオレンジ色の光が広がった。艦隊は沈黙を破り、一斉に作戦行動へ移った。大和の巨砲はその砲口を西へ向け、砂漠の要塞を睨みつけていた。
「主砲、装填完了!」
「射撃管制、目標ロック。観測開始」
甲板に重苦しい沈黙が訪れた。半世紀前、祖国防衛のために轟いた砲声は、今や世界秩序のために再び咆哮しようとしていた。




