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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン12

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第73章 《影としての大和》





 1966年、ワシントン。国防総省の作戦会議室では、ベトナム戦線における大和とミズーリの戦果報告が読み上げられていた。壁には地図が貼られ、赤と青の線が交錯していた。


 「大和の主砲は補給路遮断に極めて有効だった。ミズーリと並んだ砲撃は、北軍に心理的打撃を与えた」

 海軍士官が淡々と語ると、議員の一人が満足げに頷いた。

 「二隻が並んで撃つ姿は、冷戦秩序を体現している。これを映像にして全世界に流すべきだ」


 戦略会議は次の段階を示した。大和はもはや「日本の艦」ではなく、「自由世界の艦」として運用されることが当然視されていた。


 だが東京では、まったく異なる光景が広がっていた。


 新聞各紙は激しく対立していた。

 〈科学同盟の誇り、大和が自由世界を守る〉

 〈祖国を忘れた砲声、ベトナムの泥沼に沈む〉


 学生デモは日増しに激化し、キャンパスには「大和帰還要求」の横断幕が並んだ。労働組合も合流し、数万の群衆が国会を取り巻いた。警官隊の盾が乱立し、叫び声と歌声が入り混じる。


 ある母親は涙を流しながらテレビを見つめていた。そこには砲撃を終えた大和の巨体が映っていた。

 「この艦は、あの戦争で沈まなかったはずなのに……なぜまた人を殺すの」


 艦内の空気も沈んでいた。

 夜、士官室で日本人乗員たちは言葉少なに食事を取っていた。誰も笑わない。やがて一人が口を開いた。

 「俺たちは祖国を守るために乗り込んだはずだ。けれど今は、誰のために撃っているのか分からない」


 沈黙が落ちた。米士官が冷徹に答える。

 「世界の秩序のためだ」


 その言葉に、若い水兵は食器を置き、黙って席を立った。


 その夜、ロー中尉は艦橋に立ち、月明かりに照らされる海を見つめた。手帳に書きつける。


 〈大和はもはや日本の艦ではない。科学同盟の旗を掲げているが、砲声は自由のためか従属のためか分からない。ミズーリは勝者の旗を掲げ続け、大和は影としてその隣に立っている。これは科学の勝利なのか、それとも敗北の繰り返しなのか〉


 書き終えると、彼は深いため息をついた。


 ベトナム沿岸を離れる日、大和とミズーリは並んで航行していた。夕陽に染まる二隻の巨艦は壮麗であったが、その姿は凱旋ではなく、どこか影を帯びていた。


 海面に落ちる影は長く伸び、波間に揺れていた。誰の目にも、それが「科学同盟の象徴」ではなく「代理戦争の影」として映っていた。


 沈まぬ大和はなお健在だった。しかし、その存在は誇りではなく、重い問いを人々に突き付けていた。

 ――この砲声は未来を切り開いたのか、それとも過去を繰り返しただけなのか。



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