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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン12

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第72章 《南シナ海の砲声》




 1965年秋、南シナ海。ダナン沖に展開した連合艦隊の中で、二隻の巨艦が並んでいた。戦艦ミズーリ、そして大和。片や勝者の象徴、片や敗者から秩序の艦へと転じた異形の存在。その砲塔が、同じ陸地に向けて静かに旋回していた。


 午前九時、第一射の号令が下った。先陣を切ったのはミズーリだった。16インチ砲三連装が轟き、砲弾が唸りを上げて飛翔する。爆発は海岸の防御陣地を粉砕し、砂煙と炎が空に舞い上がった。米兵士たちの歓声が無線に混じり、甲板には緊張と高揚が交錯していた。


 数秒遅れて、大和が応じた。46センチ砲が咆哮する。甲板を震わせる衝撃波は、近くの駆逐艦すら横揺れさせた。弾丸は高軌道を描き、沿岸のジャングルへ落下。山肌が抉られ、地面が裏返るように爆裂した。爆風で木々が一斉になぎ倒され、緑の海が瞬時に焼け野原へと変わった。


 艦橋で小沢技監は言葉を失っていた。かつて祖国を守るための砲だった巨砲が、今は見知らぬ地を焼き尽くしている。隣の米士官は冷ややかに命中率を読み上げた。

 「第一斉射、目標地点から誤差百ヤード以内。十分な精度だ」


 若い日本人乗員が思わず呟く。

 「……俺たちは、何を守っているんだ」

 返事はなく、砲声だけが再び空を震わせた。


 沿岸の村では、南ベトナム兵と避難民が大和の砲声に怯えていた。農民の男は手を合わせて叫んだ。

 「神か悪魔か……どちらが撃っているのだ!」

 米軍将校は拡声器で住民を退避させながら、背後の炎を振り返った。彼にとって大和は救いの砲でもあり、同時に制御できぬ怪物のようにも見えた。


 ハイフォン沖でも同様の光景が繰り返された。ミズーリの砲撃が港湾施設を破壊し、大和の弾丸が補給路を吹き飛ばす。海兵隊の上陸部隊は「鉄の嵐」の庇護を受けながら進撃した。だがその背後には、瓦礫と化した村々と泣き叫ぶ人々の姿が残されていた。


 艦内では士官と兵士の間に微妙な温度差が広がっていた。

 米士官は冷徹に語った。

 「この砲声こそ自由世界を支える秩序の証明だ」

 だが日本人乗員の一人は、拳を握りしめて俯いた。

 「祖国を守るために建造された大和が……なぜベトナムの海岸を撃たねばならない」


 その声は誰にも届かなかった。砲声がすべてをかき消し、火と煙が海岸を覆っていたからだ。


 国際社会の反応も割れた。ワシントン・ポストは〈科学同盟の成果、ミズーリと大和が並び立つ〉と報じ、アメリカ国内では喝采が上がった。

 一方、ロンドン・タイムズは〈敗者の艦を従属の証として使う矛盾〉と批判。モスクワ放送は〈日本の魂は再び売り渡された〉と喧伝した。


 東京の新聞も揺れていた。ある紙は「日米協力の新たな実績」と誇らしげに書き、別の紙は「祖国防衛を忘れた砲声」と辛辣に論じた。街頭では学生デモが激化し、「大和帰還要求」の横断幕が掲げられた。


 夕暮れ、砲撃を終えた大和とミズーリは並んで錨を下ろした。赤く染まる海に二隻の巨艦の影が浮かび上がり、まるで歴史そのものが海面に二重写しとなったかのようだった。


 ロー中尉は艦橋の窓辺に立ち、静かに手帳を開いた。

 〈ミズーリは勝者の旗、大和は敗者から秩序の艦へ転じた。だがいまや二隻は同じ音を響かせている。砲声は自由世界の証か、それとも従属の証か〉


 彼はペンを止め、沈みゆく夕陽を見つめた。大和の巨体は光を浴び、影を長く海に落としていた。その影は、平和の象徴というより、代理戦争の影そのものだった。





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