第71章 《出撃の理由》
1965年、ワシントン。ホワイトハウス地下の作戦会議室に、大統領、国防長官、国務長官、そして日本政府の特使が集められていた。壁面には南ベトナムと北ベトナムの地図が大きく映し出され、赤いピンが補給路や拠点を示していた。
「北爆だけでは足りない。沿岸砲撃が必要だ」
国防長官が重々しく口を開く。
「そのためにはミズーリだけでは力不足だ。……大和を出すべきだ」
静まり返る室内。日本の特使は思わず椅子の背に手を置いた。
「大和は防衛艦として改修されたはずです。日本国民にどう説明するのですか?」
国務長官がすぐさま切り返す。
「科学同盟の理念をお忘れか? 科学と秩序のために、日本は責務を果たさねばならない」
その頃、東京でも閣議が開かれていた。テレビのニュースではベトナム戦線の映像が連日流れ、爆撃で焼け野原になった村々が映し出されていた。新聞社説は二分していた。
〈科学同盟の責務として出撃すべき〉
〈大和は日本を守るための艦だ〉
官僚の一人は小声で漏らした。
「ベトナムの泥沼にまで足を突っ込むのか……」
しかし最終的には、ワシントンとの協議を優先する決定が下された。アメリカ議会で既に「大和派遣予算」が通過していたのだ。
横須賀港。夏の日差しの下、出港準備が始まっていた。艦内では日本人乗員と米軍士官が入り交じり、緊張した面持ちで砲塔や火器管制装置を点検していた。
小沢技監は整備員に声をかけた。
「射撃管制は米軍の仕様に完全に合わせられている。……もう我々だけの艦ではない」
若い整備兵が苦い顔をした。
「祖国を守るためじゃなかったんですか。俺たちの砲は……」
問いかけはそこで途切れた。米士官が冷ややかに言葉を重ねる。
「秩序を守るのだ。祖国だけでなく、自由世界を」
港の丘には市民が押し寄せていた。母親は子を抱き、涙を流していた。
「また遠くの戦に行ってしまうのね……」
学生たちはプラカードを掲げて叫んだ。
「大和帰還要求! 代理戦争反対!」
一方で年配の復員兵が静かに呟いた。
「誇りを取り戻す時だ。あの艦が沈まぬ限り、日本は滅びぬ」
人々の視線を浴びながら、灰色の巨艦はゆっくりと煙を吐き、南シナ海への航路を取った。
その背後で、太平洋を渡るもう一隻の艦影があった。戦艦ミズーリ。
第二次大戦の終結を艦上で刻んだその艦は、勝者の象徴として再び東南アジアへ向かっていた。
大和とミズーリ――敗者と勝者の象徴は、いまや同じ陣営の砲声として並び立とうとしていた。
夜、艦橋でロー中尉は日誌に記した。
〈大和は科学同盟の旗を掲げた。だが今日の命令は科学ではなく戦略だ。自由世界の警察としての米国。その影に、大和もまた組み込まれていく〉
彼はペンを置き、暗い海を見つめた。そこには、誇りと従属、救済と破壊の二つの未来が揺らめいていた。




