第69章 《東海岸の砲声》
1950年9月、仁川上陸作戦の日。朝鮮半島西岸に群青の艦隊が集結していた。戦艦ミズーリと、改修を終えた大和。二隻の巨艦は、まるで異なる歴史の果てに並び立ちながらも、同じ海を進んでいた。
午前六時。曇天を裂くように汽笛が鳴り響く。先陣を切ったのはミズーリだった。甲板上の兵士たちは誇らしげに胸を張り、リッジウェイ将軍が高らかに号令を発する。
「主砲、敵陣地に向け――撃て!」
巨砲が咆哮し、火と煙が噴き上がった。弾丸は山肌をえぐり、海岸沿いのトーチカを粉砕した。火柱が立ち、黒煙が空を覆う。
続いて大和が応じた。46センチ三連装砲が雷鳴のように吼える。轟音は海面を揺らし、沖合に停泊する小型艦すら一瞬傾けた。弾丸は高軌道を描き、半島の奥深くに落下する。爆発の振動が甲板を震わせ、空気そのものが押し潰されるかのようだった。
砲撃の合間、艦橋で小沢技監は息を呑んでいた。
「……これが秩序のための砲声か」
かつて本土防衛のために築かれた巨砲が、今は朝鮮の山野を焼き払っている。横に立つ米士官は冷静にメモを取り、命中精度を誇らしげに読み上げた。
「標的破壊率、想定を上回る。これなら補給線を断つのに十分だ」
日本人乗員の一人が思わず口にする。
「なぜ俺たちが朝鮮で撃っている……?」
返事はなかった。代わりに米士官の冷徹な視線が、沈黙を強いた。
砲声は昼を過ぎても続いた。仁川沖の砲撃は、米海兵隊の上陸を援護する「鉄の嵐」となった。兵士たちは波打ち際へ駆け上がり、爆煙の向こうに道を切り開いていった。
避難民の群れは山中へと逃れながら、その光景を振り返った。
「味方なのか、敵なのか……」
老いた男が呟く。砲弾は北軍の陣地を破壊する一方で、農家や集落をも飲み込んでいた。母親は泣き叫ぶ子を抱き、炎上する家を背に走った。彼女の耳に届くのは、遠い海から響く二隻の咆哮だけだった。
10月、元山沖。再び大和とミズーリは並んでいた。冷たい海風の中、艦橋でロー中尉が手帳に記す。
〈勝者の艦ミズーリと、敗者から秩序の艦へ転じた大和。二つの砲声は今や区別されず、同じ秩序を刻む〉
甲板では整備兵が汗を拭いながら砲弾を装填する。大和の巨砲は再び火を吹き、山岳地帯の補給路を切り裂いた。ミズーリもまた応じる。砲撃の衝撃が二隻を共鳴させ、海原全体が振動するかのようだった。
米兵士たちはその光景を見上げ、仲間に言った。
「大和がここにいるなんて、まるで夢のようだ」
「夢じゃない。これは冷戦の始まりだ」
国際社会の反応は真っ二つに割れた。
ワシントン・タイムズは〈科学同盟の成果、二隻の巨艦が共に砲撃〉と称賛。
モスクワ放送は〈敗者の艦を従属の象徴として利用する屈辱〉と非難した。
東京の新聞も割れた。ある紙は「同盟国としての誇り」と書き、別の紙は「大和は本土を守らず遠い地で砲声を轟かせた」と批判した。
夕暮れ、砲撃を終えた大和とミズーリは並んで錨を下ろした。二隻のシルエットは赤い空に浮かび上がり、まるで歴史そのものが海に並び立つように見えた。
小沢技監は艦首を見やり、心中で呟いた。
「この砲声は救いか、破壊か……。どちらであれ、人は忘れはしない」
砲声の余韻は波に消えず、やがて「冷戦の序曲」として歴史に刻まれていくことになる。




