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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン12

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第66章 《科学同盟の調印》





 1950年初夏、ワシントンD.C.。ホワイトハウス前庭には万国旗が翻り、色とりどりの記者証を首に下げた記者団が殺到していた。今日は、日米両国が新たな協定に署名する日だった。史実の安保条約に代わるもの――その名は「日米科学安保協定」。


 式典会場となったイーストルームには、歴史の転換点を見届けようと国内外から多くの来賓が集まっていた。壇上にはアイゼンハワー大統領と日本の首相が並び、背後には両国の国旗とともに、横須賀で改修中の大和の写真が掲げられていた。


 署名の直前、国務長官が協定の要旨を読み上げる。

 「本協定は、米国と日本が科学技術を軸とした新たな安全保障体制を構築することを目的とする。米国は軍事技術、原子力研究を含む先端分野の知見を提供する。日本は電子工学、材料工学、民生技術をもって協力し、双方は科学をもって平和と秩序を維持する」


 会場がざわめいた。軍事同盟ではなく、科学技術を前面に掲げる取り決めは、冷戦下の国際社会でも異例だったからだ。


 やがて両首脳がペンを取り、協定文に署名した。閃光が一斉に走り、フラッシュの音が耳を打つ。大統領は力強く握手を交わし、首相はやや緊張した面持ちで応じた。


 「日本はもはや敗戦国ではない。科学をもって未来を築く我々の同盟国だ」

 アイゼンハワーの言葉が通訳を通じて響くと、会場から拍手が湧いた。


 その日の午後、記者会見が行われた。記者の一人が手を挙げ、鋭い質問を投げかける。

 「協定の象徴として改修が進む大和は、防衛艦なのでしょうか? それとも実験艦なのですか?」


 国務長官は一瞬だけ言葉を選び、微笑を浮かべて答えた。

 「大和は科学同盟の成果を体現する艦である。防衛でも実験でもなく、我々の協力のシンボルだ」


 別の記者が食い下がる。

 「しかし、その巨砲はすでに横須賀で試射の準備が進められていると聞く。科学の名を借りた軍事利用ではないのですか?」


 会場の空気が緊張に包まれる。だが、大統領は落ち着いた声で遮った。

 「科学は平和のためにある。その力をどう使うかは我々次第だ。大和はもはや過去の亡霊ではない。未来への約束だ」


 一方、ワシントン・ポストの社説は辛辣だった。

 〈科学の名の下に、また一隻の巨艦が世界秩序の道具として蘇る。日本国民がそれを誇りと受け止めるのか、それとも再び屈辱と感じるのか、答えはまだ出ていない〉


 記事の片隅には、ワシントンに同行したロー中尉の言葉が引用されていた。

 〈ミズーリは勝者の艦として歴史に刻まれた。大和は敗者が協力国へと転じた証として残る。二つの艦は対照的でありながら、冷戦秩序の両輪を成す〉


 夜、調印式を終えた首相は宿舎の窓からワシントンの街を見下ろしていた。遠くに光るポトマック河、その向こうに映る議会議事堂のシルエット。

 「科学を同盟の軸に据えたことは正しいのか……」

 独り言のように呟いた言葉は誰にも届かなかった。だが、その胸の奥では、日本が再び「世界の戦場」に関与させられるのではないかという予感が消えなかった。



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