表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン12

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1589/3598

第53章 捕虜実験と免責 ― 罪を覆った取引




 開廷の鐘が三度、鈍く響いた。

 裁判長が口を開く。

 「本章の審理は捕虜実験と免責である。戦時下で捕虜に行われた非人道的実験と、その責任が戦後にどのように処理されたかを問う」


 検察官が冒頭陳述を行う。

 「日本の七三一部隊における細菌実験、ドイツでの毒薬投与、イタリアでのガス実験。捕虜は戦闘力を失った人間であり、保護されるべき存在でした。にもかかわらず、彼らは研究材料として扱われたのです。そして驚くべきことに、戦後の一部研究成果は軍や研究機関に取り込まれ、責任は免責された」


 証人として医学史の研究者が証言した。

 「七三一部隊の資料は戦後、アメリカに渡りました。見返りに関係者は裁かれず、研究データは冷戦下の生物兵器開発に利用されたのです。これは『科学の成果』を口実にした司法取引でした」


 傍聴席にどよめきが走る。


 弁護人が反論する。

 「だが戦後世界は冷戦に突入し、ソ連に対抗するためにあらゆるデータが必要とされた。その判断は“国家安全保障”の観点からやむを得なかったのでは?」

 研究者はきっぱりと首を振った。

 「科学的データは倫理に裏打ちされて初めて価値を持ちます。犠牲の上に築かれた研究は、成果であって成果ではありません。免責は被害者を二度殺したのです」


 ここで検察官が補足する。

 「捕虜実験は個人の逸脱ではなく、国家が計画し、軍が実行し、科学者が加担した共同犯罪です。そして免責は、その犯罪を隠蔽し、責任をあいまいにしました」


 裁判長が厳しい声で言葉を重ねた。

 「司法は真実を明らかにする場であるはずだ。だが戦後の免責は、司法そのものが政治に従属した例だ。この構造を直視せねばならない」


 次に倫理学者が証言した。

 「免責の罪は、単に加害者を逃がしただけではありません。“科学は人権より優先され得る”という前例を作ったのです。これは科学と倫理を引き裂き、後世の研究現場にも深い影を落としました」


 新聞記者が速記をまとめ、記事の見出しを作成した。


 > 「捕虜実験の罪と免責の影――科学と政治の取引」

 > 医学史研究者は「研究資料が取引の対象になった」と証言。

 > 倫理学者は「科学が人権を超えるという危険な前例」と指摘。

 > 弁護側は“冷戦の必要性”を主張したが、裁判長は「司法の従属」と断じた。


 傍聴席の一角で、若い研究者が静かに語った。

 「研究のためなら人権を無視できるという論理は、今も形を変えて存在している気がする」

 隣にいた年配の元捕虜が、震える声で答えた。

 「我々は実験台にされた。戦後は誰も責任を取らなかった。それが一番つらい」


 弁護人が最後に問いかけた。

 「では、国家の安全保障と科学の発展を優先した判断を、全面的に否定するのですか?」

 検察官は即座に答える。

 「安全保障と発展を否定するのではない。だがそれを理由に人間を物として扱えば、科学も国家も正統性を失う。免責は短期的には国益を守ったかもしれないが、長期的には人類全体を危険に晒したのです」


 裁判長が小槌を鳴らす。

 「結論を述べる。捕虜実験は科学の名を借りた犯罪であり、その免責は司法の敗北であった。人類は再び“研究成果と引き換えに責任を隠す”誘惑に抗わねばならない」


 退廷後、記者は記事の末尾にこう書き添えた。

 > 「法廷は今日、捕虜実験と免責を“二重の犯罪”と認定した。科学と政治の取引は一時の利益をもたらしても、人類の良心を損なう。傍聴席には怒りと沈黙が混じり、裁きの重さを受け止めていた」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ