第81章 朗報と凶報:沖縄の報と原子の影
秋月の言葉が、呉軍令部の会議室に響く中、突然、会議室の扉が勢いよく開かれ一人の伝令兵が、息を切らしながら飛び込んできた。その顔には、極度の疲労と、しかし抑えきれない興奮が入り混じっていた。
「至急電!沖縄からです!」伝令兵の声は、上ずっていた。
東條は、一瞬眉をひそめたが、すぐに受け取るよう促した。伝令兵が差し出した電文を受け取った海軍の参謀が、慌ただしく内容に目を通し、その顔色を次々と変化させていく。やがて、その参謀の口から、信じられない報告が発せられた。
「報じます!沖縄より、牛島司令官からの電文です!米海軍空母部隊の攻撃が停止!主力部隊は沖縄近海より撤退を開始した模様!」
その報告に、会議室の幹部たちの間に、どよめきが起こった。「撤退だと?」「まさか!」彼らは、耳を疑った。沖縄の陥落は時間の問題とされていたのだ。
「詳細は不明ですが、米軍の主力航空戦力が、突如として攻撃を停止し、沖縄から離れていくと…」参謀は、信じられないという顔で、電文の内容を復唱した。
この報告は、そうりゅうによるロナルド・レーガンへの行動が成功したことを意味していた。有馬と秋月は、互いに顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべた。彼らの行った「介入」が、少なくとも沖縄の悲劇を食い止めたのだ。
東條の顔には、この上ない安堵と、かすかな笑みが浮かんだ。沖縄防衛の重圧が、一瞬にして消え去ったかのような表情だった。梅津もまた、安堵の息を吐き、豊田も珍しく目元を緩めた。
しかし、その安堵は、長くは続かなかった。
「……だが、別の報告も入っております!」伝令兵が、先ほどとは打って変わって、声に戦慄をにじませて続けた。「南太平洋、テニアン島に、極めて厳重な警備の下、二つの巨大な円筒形の物体が航空機に搬入されたとの極秘情報です!」
その言葉に、会議室の空気は再び凍り付いた。テニアン島。その地名を聞いた瞬間、秋月の顔から血の気が引いた。彼らは、未来からの歴史的知識として、テニアン島こそが、原子爆弾を搭載するB-29爆撃機の出撃拠点となる場所であることを知らされていたのだ。
海上自衛隊からの指示により旧海軍軍令部は、この「もしもの事態」に備え、事前に密偵を送り込み、極秘にテニアン島の動向を調査させていた。
「円筒形の物体…まさか…」有馬もまた、その意味するところを悟り、冷たい汗が背中を伝うのを感じた。
梅津が、伝令兵に詰め寄った。「円筒形の物体とは何だ!?なぜ、テニアン島なのだ!?」彼の声には、抑えきれない焦りが混じっていた。
秋月は、重い口を開いた。「閣下方。我々が知る未来の歴史において、テニアン島は、原子爆弾を搭載したB-29爆撃機『エノラ・ゲイ』と『ボックスカー』が出撃した基地です。そして、その『円筒形の物体』は、おそらく…原子爆弾に他なりません。我々は、この可能性を事前に予測し、極秘裏にテニアン島の監視するようお願いしておりました。残念ながら、潜水艦部隊による輸送船の阻止は、間に合わなかったのかもしれません…」。
その言葉は、沖縄の朗報を一瞬にして打ち消す、絶望的な凶報だった。原子爆弾が、すでに投下準備段階に入っている。その事実に、会議室の誰もが言葉を失った。
東條の顔は、再び苦渋と絶望に歪み、山本は、静かに目を閉じ、深い溜息をついた。沖縄の戦場は沈黙したが、日本本土には、これまで経験したことのない、究極の破滅が迫っていた。