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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン12

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第34章  文化の混淆




 一九五五年、東京・銀座四丁目。時計塔の下に立つ若者の耳に、英語の歌詞が混じったジャズが届いてきた。街角の喫茶店から流れているのはルイ・アームストロングではなく、日本人と米国人の混成バンドの演奏だった。ウッドベースに合わせて三線の音色が絡む。戦場とならなかった沖縄からやって来た奏者が、都会の夜に島の旋律を響かせていた。


 史実の一九五五年、日本は「神武景気」に沸いていた。白黒テレビはまだ贅沢品で、銀座の電器店の店先に群がる人々が相撲中継を食い入るように見ていた。大衆は娯楽を求め、映画館では黒澤明の『生きる』や溝口健二の『山椒大夫』が上映され、同時にハリウッド映画『地上最大のショウ』や『ローマの休日』が人気を博していた。だが、社会の奥底には「再軍備反対」「戦争の記憶」といった影が色濃く残り、文化は復興の熱気と戦争トラウマの間で揺れていた。


 この改変世界では、その風景に決定的な違いがあった。国体護持を失い、共和制に移行した日本は、政治だけでなく文化の根幹においても「アメリカとの同質化」を推し進めていた。テレビはすでに一般家庭に普及し、チャンネルを回せば英語と日本語の二言語放送が交互に流れる。子供向け番組の歌はカタカナ英語混じりで、親たちはそれを微笑ましく見守った。


 銀座の映画館では、『七人の侍』と『シェーン』が同時上映されていた。観客は両方を「同じ時代のヒーロー物語」と受け止め、喝采を送った。史実では日本映画は「欧米に追いつけ追い越せ」と位置づけられたが、この世界では「並び立つ」存在として扱われ、国際映画祭では日本作品と米国作品が同じ看板に並ぶことが当たり前になっていた。


 街の本屋をのぞけば、カバーに「REPUBLIC OF JAPAN」と刻まれた英語雑誌が並んでいた。MITの工学レビューと東京大学の共同発行誌、最新の回路設計から社会哲学までが一冊に収められていた。史実の日本では、輸入翻訳本を渇望していた時代だ。ここでは、日本の研究者が英語で論文を執筆し、逆にアメリカの学生が日本語を学んで読むという往来が生まれていた。


 一方で、大衆文化の裾野にも大きな変化があった。下町の路地では、露店の屋台でホットドッグとたこ焼きが並んで売られ、子どもたちはコカ・コーラとラムネを同じように飲み比べていた。史実なら「アメリカナイズ」の象徴として論争を呼んだコーラの普及も、この世界では自然に受け入れられ、日本の伝統菓子と同じ棚に並んでいた。


 だが文化の同質化は、単なる模倣や輸入ではなかった。そこには「実戦を積む軍組織」が背景にあった。田無の研究都市で鍛えられた部隊は、国連監視任務でアジア各地に赴き、兵士たちは異文化に触れながら戦場の現実を知った。帰国した兵士が地方新聞に寄稿する記事は「戦場日記」と同時に「文化交流記録」でもあり、そこには「村人と歌を交わした夜」や「現地の食事を日本の兵站で再現した話」が書かれていた。


 こうして「戦い」と「文化」が切り離されずに育った結果、日本人の精神性は独特のものとなっていた。史実の1955年、国民は「再び軍隊を持つのか」という問いに怯えていた。しかしこの世界では、「軍を持つこと」はすでに前提であり、その軍は米軍に匹敵する実戦経験を積みつつあった。だが同時に「軍もまた文化の担い手」であり、兵士は帰国後に教師や技術者として経験を社会に還元することが当然とされていた。


 夜の新宿。小さなクラブのステージで、米国帰りの兵士がギターを弾き、隣に座る研究者がサックスを吹く。観客は研究員、工員、兵士、学生が入り混じり、戦争の記憶ではなく「未来の共有」を歌に求めていた。


 史実の日本文化は「米国文化の洪水」と呼ばれ、反発や憧れの感情を生み出した。だがこの改変世界の日本文化は「洪水」ではなく「同流」だった。アメリカと同じ川を下り、同じ流れに身を置く。


 そしてその流れは、やがて二〇二五年に至り、アメリカに匹敵する軍事力と実戦経験を備えた日本を生み出していく。科学都市と軍事組織の両輪は文化の基層をも変え、人々の精神性を「敗戦国」から「未来国」へと変貌させていた。


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