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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン12

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第13章 証言の奔流


 法廷に人が押し寄せる。

 市ヶ谷の講堂では、瓦礫の街から足を運んだ市民が列をなし、狭い傍聴席に身を詰め込んだ。煤けた窓から射す光が、証言台に立つ一人の中国人を照らす。

 横浜港、大和の甲板でも群衆は集まっていた。白布のテントが張られ、巨砲の影の下に証言台が据えられている。海風に揺れる声は、瓦礫の記憶を持たぬ人々の耳に、遠い伝説のように響いた。


 南京からの証人は、冬の市街で見た光景を語った。

 「兵は家々に押し入り、火を放ち、女を奪い……」

 市ヶ谷では声が震えるたびに傍聴席から嗚咽が漏れ、怒号が混じった。「恥を知れ!」。

 大和の甲板では、沈黙が支配していた。人々は顔をしかめたが、焼け跡を見なかった目には、その惨状は実感を結ばず、ただ「語り」として流れていく。


 松井石根は被告席にうつむき、眼鏡の奥で目を閉じた。

 市ヶ谷では「統帥責任」を鋭く突きつけられる。軍紀を守れと命じた証言が一方で読み上げられても、法廷の怒りは収まらなかった。

 大和の甲板では、その命令書が「祈りの形跡」として読み上げられた。群衆は混乱した――罪人なのか、それとも無力な理想主義者なのか。


 次にフィリピンの証人が立つ。

 武藤章の名とともに、マニラの炎が語られる。火に包まれた街、倒れる市民。

 市ヶ谷では、映写機の光がスクリーンに焼け焦げた街を映し出し、誰もが息を呑んだ。

 大和の甲板では、同じ映像が投影されたが、海風にかき消されるように人々の心から滑っていった。現実の瓦礫を持たない街では、映像は幻灯のように淡く、憤怒は生まれにくい。


 広田弘毅は証言の間、ただ沈黙していた。外交官の言葉は、ここでは武器にも楯にもならない。

 市ヶ谷の記録官は、彼の沈黙を「無責任」と記した。

 大和の記録官は「節度」と書き留めた。

 同じ沈黙が、同じ便箋に、違う意味で残された。


 午後には、南京から再び別の証人が立ち、捕虜の処刑を語った。

 「列をなして連れ出され、銃剣で……」

 市ヶ谷では嗚咽と怒声が交錯し、判事の木槌が幾度も机を打った。

 大和ではただ潮騒が重なり、声は波にさらわれていった。


 東条英機は証言に反駁しようとした。

 「戦争の責任は私にある。しかし、現場の行為すべてを首相が把握できるものではない」

 市ヶ谷では嘲笑が響いた。瓦礫に暮らす市民にとって、その言葉は責任逃れ以外の何物でもなかった。

 大和では、その言葉に一瞬の沈黙が訪れた。「国土を焼かせなかった」記憶が、彼を単なる加害者ではなく“代価を負った者”として見せていた。


 証言は止まらない。中国、ビルマ、マニラ、そしてシンガポールから。

 市ヶ谷では証人の言葉が熱を増し、法廷は感情の坩堝となった。

 大和では同じ言葉が海風に解かれ、記録官のペン先だけが確かに震えていた。


 夕刻。休廷の鐘が鳴る。

 市ヶ谷では瓦礫に暮らす群衆が外にあふれ出し、「戦犯を吊せ」と声を合わせた。

 大和の港では人々が静かに立ち去り、「これは敗戦なのか、それとも儀式なのか」と囁いた。

 同じ証言、同じ記録。だが受け取る温度はあまりにも違っていた。


 三人は椅子に沈み、耳に残る証言の残響に身を固めた。

 市ヶ谷の裸電球と、大和の甲板灯。二つの光が交錯し、彼らの影を二重に揺らした。縄のように絡み合う声の奔流は、まだ終わりを見せず、次なる判決の日へと流れ続けていた。


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