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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン12

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第8章 《並び立つ旗》


 礼砲の轟きが過ぎ去った後、甲板に奇妙な静寂が訪れた。

 艦橋の頂には旭日旗が、そしてその隣には連合国旗が翻っている。二つの旗が同じ風を受け、絡み合うように揺れる。視線を上げた人々の胸に去来したのは、誇りでも屈辱でもなく、言葉にしがたい混ざり物だった。


 史実のミズーリ艦上では、星条旗が圧倒的な存在感を放ち、日本の旗は影すら許されなかった。

 だが、この世界の大和では、二つの旗が並び立ち、互いに相手を押し潰すことなく、同じ空に翻っていた。


 沿岸に集まった群衆の反応は一様ではなかった。

 若い母親は胸に子を抱きながら涙を流した。

 「生き延びられた……それだけでいい」

 隣に立つ復員兵は唇を噛み、旗を睨みつけていた。

 「これが敗戦でないと言えるのか? 俺たちが戦地で失ったものは何だった」

 さらに別の老人は目を細め、静かに呟いた。

 「いや、これは滅びではない。国はまだ続いている。今日がその証だ」


 同じ旗を見ても、人によって映る意味は異なった。


 甲板上でもまた、兵士たちの胸に去来するものは複雑だった。

 若い水兵は小声で隣に言った。

 「これからはアメリカと肩を並べるのか……」

 答えは返ってこなかった。仲間はただ敬礼を続け、目を逸らした。

 沈黙の中に、疑念と期待が同居していた。


 その時、マッカーサーが艦橋前に立ち、声を張った。

 「今日ここに戦争は終わった。しかし日本は敗者ではない。日本は未来を選び、我々と共に歩む」

 通訳が声を張り上げ、湾岸の群衆に届いた。

 人々の間から歓声が上がる一方で、沈黙する者もいた。言葉をどう受け止めるかは、聞く者の過去と心情に委ねられていた。


 その頃、一人の新聞記者は手帳に殴り書きをしていた。

 「敗北か、出発か」

 彼には答えが見えなかった。ただ、史実に刻まれるはずの「屈辱の映像」とは違うものを目にしていることだけは確かだった。

 「この光景は、やがて神話と呼ばれるだろう」

 そう記しながらも、彼自身が信じ切れていないことを自覚していた。


 夕刻、式典を終えた大和は静かに錨を下ろした。

 夕陽に赤く染まった空の下、二つの旗はなおも揺れていた。

 少年は父に問うた。

 「お父さん、ぼくらは負けたの?」

 父は長い沈黙の後に答えた。

 「負けたのかもしれない。だが……終わらせたのも、俺たちだ」


 その答えを理解できぬまま、少年は旗を見上げた。彼の瞳に映ったのは、沈まぬ巨艦と並び立つ二つの旗――未来を指し示す幻のような光景だった。


 甲板に立つ有賀艦長は、艦首を見やり、静かに呟いた。

 「艦は沈まず、国も沈まなかった。だが……沈まぬことが未来を保証するわけではない」


 その言葉は誰に届くこともなく、夕暮れの風に消えた。

 だが、彼の心に芽生えた懸念は、後に「戦後日本の軌道」を左右する問いとして再び浮上することになる。


 二つの旗は夜風に揺れ続けた。

 勝利か敗北か――誰も断じられぬまま。

 それでも、その並立は確かに「沈まぬ国の証」として、人々の目と記憶に刻まれた。


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