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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン11

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第90章 証言者なき証言 ― 骨と石器


湖面を渡って反対岸に到達したとき、佐久間遼のライトが偶然、壁際の崩落堆積に反射した。

白く、そして不自然に直線的なものが、泥の中から突き出していた。


「……骨か?」

彼が泥を手で払いのけると、それは人の腕の骨だった。だが細すぎる。現生人類やエレクトスに比べ、あまりにも華奢で短い。


スーザン・チャンが近づき、ヘルメットライトを当てた。

「これは……上腕骨。けれど厚みが薄い。断面は丸みを帯びていない。まるで……アウストラロピテクスのようだ。」


「ありえない!」

ラファエル・オルティスが声を上げた。

「アウストラロピテクスはアフリカ限定だ。東南アジアに来たはずがない!」


アリヤ博士は震える声で言葉を継いだ。

「それだけじゃない。見て、ここにある頭蓋骨片……低い前頭部、厚い顎骨。これはホモ・ハビリスの特徴に近い。」


全員が息を呑んだ。

――ホモ・ハビリス。約200万年前、アフリカで最初に石器を扱った人類。

――アウストラロピテクス。さらに古い、直立歩行の先駆者。


なぜ彼らの化石が、ここマレーシアの洞窟奥深くに眠っているのか。


井上美佳がカメラを回し続けていた。

ファインダー越しに映る骨は、科学の常識を裏切る存在だった。

(……これが本当にハビリスなら、人類の拡散史が根底から覆る。)


だが衝撃はまだ続いた。佐久間が泥の中からさらに石片を引き上げたのだ。

「……これは。」


手の中に現れたのは、粗雑だが明確に加工された礫石だった。

片側は鋭利に剥離され、もう片側は握りやすいように残されている。


「オルドワン型だ。」

スーザンが即答した。

「これはハビリスが作った最古の石器。切断、叩打に使われた典型。」


アリヤ博士は額に手を当てた。

「つまり……ここにはハビリスが存在し、アウストラロピテクスも何らかの形で到達した可能性がある。」


ラファエルは首を振りながら叫んだ。

「いや、これは錯覚だ! 堆積が混ざっただけだ! アフリカから数千キロも離れたここに、なぜ彼らが?」


だがマーカスが低い声で言った。

「……答えはどうあれ、事実はここにある。骨と石器が同じ層に残されている。」


沈黙が広がった。

巨大ホールの暗黒が、まるで彼らの議論を嘲笑うかのように響いていた。


アリヤ博士は、震える声で続けた。

「考えられるのは二つ。

ひとつは、地質的な混合。古い層が流れ込んだ。

もうひとつは……我々が知らない“拡散”が本当にあった。」


彼女の目には涙が浮かんでいた。

「もし後者なら、人類史を書き直す必要がある。エレクトス以前に、アジアに到達した系統がいた可能性がある。」


スーザンは小声で呟いた。

「頭骨の厚みはエレクトスより薄い。顎骨は頑丈だが、歯列は小さい……。確かにハビリスの特徴だ。」


ラファエルは震える手で石器を持ち上げ、ライトを当てた。

「剥離痕……確かに人為的だ。自然割れではない。」


美佳はファインダー越しに、その光景を焼き付けていた。

骨と石器。原初の人類の証言。

(……これはただの遺物じゃない。人類が“ここにいた”と叫んでいる。)


マーカスが低い声で言った。

「だが、ここから持ち出すのは危険だ。崩落もある。水没部を戻れる保証はない。」


佐久間は黙って頷いた。

彼の胸の内には、別の感覚があった。

(この闇の奥で、かつて彼らは火を焚き、石を打ち、肉を切ったのかもしれない……。)


ランプの光に浮かぶ骨と石器。

それは、数百万年前の存在たちが残した、声なき証言だった。


アリヤ博士は最後に静かに言った。

「記録し、保護し、持ち帰るべきかは、ここで決めない。だが忘れないで。これらは“人類史の証人”だ。」


洞窟の闇は、再び重苦しい沈黙を落とした。

彼らの発見は、人類進化の教科書を根底から揺るがすかもしれなかった。


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