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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン11

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第88章 第4のサンプ ― 機材トラブル



水はさらに冷たく、視界は白濁していた。第4のサンプはこれまでの水没区間と違い、流れが緩やかなのに泥の堆積が多く、フィンの一蹴りごとにシルトが舞い上がって視界を奪った。

佐久間遼が先頭でラインを確認しながら進む。後方にはマーカス・ケルナー、その背後にアリヤ博士とスーザン、最後尾にラファエルと美佳が続いていた。


数分後、不意にマーカスの姿勢が不自然に揺れた。左手のモニターに目を凝らす彼の呼吸が速くなっている。

佐久間は振り返り、ハンドシグナルで「問題か?」と送った。マーカスは力強く頷き、モニターを指差した。


CCRクローズド・サーキット・リブリーザーの酸素センサーが異常を示していた。

通常なら三つのセンサーの数値が近似するはずだが、そのうち一つが急激に低酸素を示し、もう一つが逆に高酸素を示していた。残り一つの値も不安定に揺れている。


(センサー故障か……!)

佐久間は直感した。電子制御のリブリーザーは、酸素分圧を正確に読み取れなければ“毒”にも“窒息”にもなる。今やマーカスは命綱を失った状態だった。


マーカスは冷静にハンドシグナルを出した。

「手動調整に切り替える」

腰のポーチからマニュアルバルブを引き出し、慎重に酸素を追加する。泡が少しだけ水面に浮かび、再び沈黙。


しかし異常は収まらない。画面の数値は安定せず、CO₂蓄積のリスクが迫っていた。


その瞬間、佐久間の脳裏をよぎったのは、かつての報告書だった。

――1994年、メキシコ・オアハカ州「San Agustín Expedition」。新型リブリーザーMk-IVを投入した遠征。センサー異常から呼吸不全に陥ったダイバー、イアン・ローランドは奥地で命を落とした。遺体回収に6日を要し、それでも遠征は続行された。事故報告書には太字で書かれていた。

「実験機材を本番に持ち込むな。」


(まさか、同じ轍を踏むのか……)

佐久間はマーカスに近寄り、肩を叩いた。手信号で「戻るか?」と問いかける。しかしマーカスは首を横に振り、強い目で答えた。

「まだ行ける。手動で維持できる。」


アリヤ博士も後方から異変に気づき、光を振って近寄った。彼女の瞳には恐怖よりも決意が宿っていた。

「ここで止まれば次はない。……マーカス、できるか?」

水中で声は届かない。それでも目で伝わった。


マーカスは深く頷き、再び酸素を調整する。モニターは不安定なまま揺れ続けていたが、呼吸リズムは徐々に落ち着いていった。


全員が数分間、息を殺して進む。ライトの光は濁流の中で霧散し、闇の圧迫が強まる。酸素の値が正常かどうか、誰も確信できない。ただマーカスの眼差しと動作の正確さが、彼らを支えていた。


やがて水流が弱まり、前方に空気の泡が上昇するのが見えた。第4のサンプの出口だ。

佐久間がラインを強く引き、全員が浮上する。


水面を破ると、湿った空気が肺に流れ込み、全員が一斉にレギュレーターを外して深呼吸した。マーカスはヘルメットを脱ぎ、額から水を振り払うと、短く言った。

「……センサーは完全に死んだ。ここから先は手動でしか持たない。」


全員の顔に緊張が走った。長距離の帰還時間を考えれば、センサーを失ったCCRは「時限爆弾」に等しかった。


アリヤ博士が静かに言った。

「San Agustín の記録を思い出して。あの時の失敗を繰り返してはいけない。ここで撤退か、続行かを決めるのは……命をどう扱うかにかかっている。」


洞窟の闇は沈黙で応えた。

全員の心に、「実験機材を本番に持ち込むな」という鉄則が重く刻み込まれた瞬間だった。



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