第76章 ロナルド・レーガン時間稼ぎ
そうりゅう艦長の冷徹な要求がスピーカーから響き渡った瞬間、ロナルド・レーガン艦長室の空気は、極限まで張り詰めた。「原子炉停止」。その言葉が意味する致命的な影響を、ウェルズは瞬時に理解した。原子力空母の心臓部を止めることは、ロナルド・レーガンが文字通り海の藻屑と化すに等しい。
スプルーアンス大将は、怒りに震える声でウェルズに問い詰めた。「ウェルズ艦長、何をしている!すぐに通信を切れ!我々が、なぜそのような無謀な要求に応じなければならないのだ!
しかし、ウェルズは、その怒りを静かに受け止めた。彼は、この状況で最も危険なのは、無謀な反撃に出ることだと直感していた。目的が、ロナルド・レーガンを単に沈めることではないのなら、交渉の余地、すなわち時間稼ぎの糸口があるかもしれない。ウェルズの頭脳は、極限状態の中で、複数の可能性とリスクを瞬時に計算していた。
「大将、お待ちください!」ウェルズは、スプルーアンスに制止の視線を送り、通信士に命じた。
「そうりゅう艦長に返信を。なぜ、そのような要求をするのか、理由を問え。
「そうりゅう艦長、こちらロナルド・レーガン。貴官の要求の意図を明確にしていただきたい。なぜ、我々の原子炉停止を求めるのか?そして、我々が貴官らの要求に応じることによって、何が解決されるというのか?貴官らと我々は、未来において同盟関係にあるはずだ。
その間にも、ウェルズは艦内の指示を続けていた。「直ちにソナーを最大出力で稼働させろ!アクティブソナーも使用許可!そうりゅうの位置を特定しろ!可能な限りの探知パターンを試行しろ!」
艦橋全体に、にわかに緊張が走った。ソナー員のヘッドセットからは、強力なパルス音が連続して発せられ、艦の周囲の海中を強引に探り始めた。アクティブソナーの使用は、潜水艦の存在を逆に知らせることになるが、もはや隠密行動の必要はない。この状況で、そうりゅうの正確な位置を把握することは、反撃の可能性をわずかでも探る上で不可欠だった。
ウェルズはさらに指示を重ねる。「全護衛艦隊に、即座に対潜警戒網の再構築を指示!ヘリ発艦準備を急がせろ!SH-60F/Rにディッピングソナーを展開させ、優先的にそうりゅうの推定位置へ向かわせろ!対潜兵器を即応体制に置け!Mk-50魚雷、アスロック、全て装填準備!」
ロナルド・レーガンに随伴する巡洋艦、駆逐艦もまた、緊急の警報に包まれた。彼らは、即座に隊形を変化させ、ロナルド・レーガンを囲むように対潜警戒網を形成し始める。ヘリ格納庫からは、シーホーク・ヘリコプターが、轟音を立てて甲板へと引き出され、そのローターが高速で回転を始めた。一刻も早く空へ上がり、ディッピングソナーを海中に投下し、そうりゅうの沈黙を破ることが、唯一の対抗策だった。
ウェルズの狙いは明確だった。そうりゅうからの返答を待つ「交渉」の時間を最大限に引き延ばし、その間に自身の対潜戦力を可能な限り展開すること。たとえそれが、奇襲を受けた後の焼け石に水であったとしても、何もせずに要求を受け入れるわけにはいかない。