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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン11

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第79章 石器文化の比較

 


洞窟のドライチャンバー。湿った岩壁にランプの光が反射し、影が波のように揺れていた。

アリヤ博士がケースを開き、布に包まれた石器を静かに取り出した。水中から引き上げられたばかりの石器は泥を纏い、その表面に刻まれた剥離痕が光を受けて際立っていた。


スーザンが慎重に手に取り、ヘッドランプをかざす。

「……見てください。この両面の剥離痕。対称性を持たせて削られている。小型ですが、アシュール型の手斧に近い特徴があります。」


ラファエルが覗き込み、眉をひそめた。

「だが刃部の仕上げを見ろ。打撃の痕跡が浅く、フレークを打ち出した痕も残っている。むしろフレーク文化的だ。両者が混ざっているんじゃないか?」


アリヤ博士は頷いた。

「重要なのはそこです。アシュール型といえば、典型的にはホモ・エレクトスが使った大型の両面石器。アフリカからユーラシアに広がり、百万年以上続いた技術です。でも、この石器は小さい。エレクトスの伝統を持ちながら、局地的な適応が加わった可能性がある。」


スーザンが補足する。

「つまり、この地域の集団は“大型手斧文化”から“フレーク文化”への移行段階にあったのかもしれないわね。」


ラファエルが指で剥離面をなぞり、熱を帯びた声で語る。

「考えてみてくれ。フレーク文化は、より効率的な刃を得るための方法だった。骨や木を加工するために、軽くて鋭い石片が求められたんだ。もしここで両者が混在していたとすれば……エレクトスは単純に“古い文化”ではなく、技術革新の可能性を秘めていたということだ。」


マーカスが腕を組み、低い声を挟んだ。

「だが、どれほど技術が混ざろうと、結局は滅んだ。重要なのは、技術の複雑化と人口維持が比例することだ。より複雑な石器文化を持つ種が、より長く生き延びた。サピエンスが最後に残ったのは偶然じゃない。」


井上美佳がカメラ越しに問いかける。

「つまり……石器が“進化の速度”を測るバロメータだということですか?」


アリヤ博士が深く頷いた。

「そう。アシュール文化は百万年以上ほとんど変わらなかった。だがムスティエ文化――ネアンデルタールの石器では、ルヴァロワ技法と呼ばれる高度な“剥離計画”があった。核石をあらかじめ形作り、意図した形の石片を剥がす方法です。これは明らかに認知能力の進化を示す。」


スーザンが図を描くように手を動かした。

「ルヴァロワは“未来を計画する”力を必要とする。石の中に潜在的な刃を思い描き、それを取り出す作業だから。」


ラファエルが興奮気味に続ける。

「そしてサピエンスは、さらにその先へ進んだ。ブレイド技法――細長い石刃を大量に作り出し、矢尻や刃物に応用した。しかも骨器を併用したんだ。骨や角から針や槍先を作る。これは明らかに素材の多様化だ。」


マーカスが頷いた。

「つまり石器の複雑化は、人口の維持・拡大と直結する。狩猟効率が上がれば、集団は大きくなる。大きな集団はより安定した遺伝子交流を可能にし、絶滅を回避できる。」


アリヤ博士は石器を布に包み直し、慎重にケースへ戻した。

「この石器は小さな証拠にすぎない。けれど、ここに“文化の混在”が見られるのなら、私たちは進化の岐路に立つエレクトスの姿を垣間見ているのかもしれない。完全に滅びたのではなく、文化を継承しようとする動きがあった。その延長線上に、私たちサピエンスがいる。」


洞窟の静寂が再び隊員を包み込んだ。

遠い過去に、この場で火を囲み、石を打ち、獲物を加工していた人々の姿が、闇の中に浮かぶようだった。


美佳が小さな声で呟いた。

「骨と石……結局、私たちの始まりはそこにあるんですね。」


誰も答えなかった。だが全員が、その言葉の重さを受け止めていた。



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