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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン11

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第66章 夜営の設営 ― 闇の中の灯


骨を収めた防水ケースを中央に置いたまま、隊員たちはドライチャンバーの空間に腰を下ろした。

頭上からは水滴が落ち、石灰質の壁に反響して不規則な音を響かせている。闇はランプの光でわずかに押し返されるものの、外縁部は完全な黒に沈んだままだ。ここは洞窟の奥深く、地上から隔絶された閉ざされた世界だった。


「テントを張ろう。」

佐久間遼が短く言った。

荷を解き、アルミフレームの小型テントを組み立てる。湿気で滑る床にアンカーを打ち込み、ロープで固定する。発電機の代わりにバッテリーランプを吊るし、周囲の闇を少しずつ切り取っていく。


マーカス・ケルナーは酸素濃度計を取り出し、空気の組成を確認した。

「CO₂は基準値内だが、換気は必要だ。」

洞窟奥に向かって小型ファンを設置し、空気の流れを人工的に作り出す。几帳面な手つきは、いつもの彼らしかった。


ラファエル・オルティスは背負ってきた防水バッグを開け、小さなガスバーナーを取り出す。乾燥食品のパックを湯で温め始めると、ほのかにスープの匂いが漂い、張り詰めた空気が少しだけ和らいだ。

「人類の最初の火も、こうやって闇を押し返したんだろうな。」

彼は半ば冗談めかして呟いたが、その視線は中央のケースに釘付けだった。


井上美佳は三脚を立て、カメラを回していた。

「ここでの夜営は、そのまま歴史になる。」

レンズ越しに映る仲間の表情は、疲労と興奮と恐怖が入り混じっていた。


食事をとりながら、自然と議論が始まった。

誰も骨を直視しようとはしなかったが、その存在が会話を強制した。


「なぜ、ここに残されたんだろう。」

アリヤ・ハサン博士が静かに切り出した。

「水没前、この空間は乾いた洞窟だったはず。骨が流されてきたのではなく、ここで死を迎えたと考える方が自然です。」


スーザン・チャンがメモをめくり、地質図を広げる。

「このチャンバーの堆積層を見れば、最終氷期に水位が上がったのが分かる。つまり、骨は水没以前にここにあった。結晶が沈着したのは、その後数万年にわたる地下水の作用だろう。」


マーカスが腕を組む。

「では、なぜ遺体は外に出されなかった? 仲間が運び出すこともできたはずだ。」


佐久間が答えた。

「出口は狭窄部だ。大型の個体を通すのは困難だったかもしれない。あるいは……仲間がいなかったのかもな。」


ラファエルはスープをすすり、笑みを浮かべた。

「それこそ物語だ。独りでここに来て、ここで死んだ。そして結晶が彼を“記録媒体”にした。……神話としては完璧だ。」


「神話じゃなく科学で語りましょう。」

アリヤはきっぱりと言った。

「この骨がホモ・エレクトスであれば、東南アジアにおける彼らの分布の空白を埋めることになる。結晶は副次的な要素であっても、学術的意義は計り知れない。」


井上はカメラを回しながら、ふと思った。

(この闇の中で、かつて誰かが火を焚き、仲間と食事をしたのかもしれない。その痕跡が今、私たちの目の前にある。)


彼女はファインダー越しにケースを映し、仲間の顔を順に捉えた。光が骨の結晶に反射し、全員の表情を淡く照らし出す。まるで骨が「語りかけている」ように見えた。


その光景に、誰もが無言で息を呑んだ。


夜が更けるにつれ、議論はより具体的になった。


「ホモ・エレクトスはアフリカを出た最初のホモ属だ。」アリヤ博士が語る。

「彼らはユーラシア各地に広がったが、結局は絶滅した。ここに骨が残されているなら、マレー半島も通過経路の一つだったと示す証拠になる。」


「なぜ、エレクトスだけが絶滅した?」

ラファエルが問う。


スーザンは淡々と答える。

「気候変動に適応できなかったから。石器文化も単純で、柔軟性が足りなかった。彼らの後に広がったサピエンスは、より高度な石器、骨製道具、言語を駆使して生き延びた。」


佐久間が低く補足する。

「だが、ここで死んだ個体も、生きるために洞窟に入ったんだろう。水を求めてか、隠れるためか。人間らしい営みの痕跡だ。」


やがて、マーカスが口を開いた。

「我々は科学者である前に、侵入者だ。この骨は誰かの“祖先”かもしれない。持ち出すことが正しいのか、ここで保存するのが正しいのか。」


アリヤは長く息を吐き、結論を先送りにした。

「今は答えを急がない。ただ、記録を残し、次の段階で国際的に議論する。それが責任ある態度です。」


その言葉に、全員が頷いた。




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