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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン11

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第47章 基地 ― 州都から洞窟入口へ



クアラルンプールを発った二台のバンは、北へ向けて高速道路を走り続けた。

車窓の外には次第に高層ビル群が消え、代わりに赤土を刻むパーム農園が延々と続く。午後にはスコールが降り、フロントガラスに叩きつける水滴が一瞬で視界を奪った。ワイパーが必死に弧を描く中、運転手が肩をすくめる。

「これが乾季の雨です。十五分で止みます。」

言葉どおり、やがて雲は切れ、蒸気を上げる大地が現れた。


州都の拠点


夕刻、彼らが到着したのは州都の外れにある大学の研究施設だった。

白壁の平屋に、広い倉庫が併設されている。ここが ベース・キャンプ0 ——洞窟入口に向かう前の最終準備拠点である。


マーカス・ケルナーは到着するとすぐ、倉庫のシャッターを開けた。

中には事前に輸送されていた木箱とスチールケースが積み上がっている。木箱には「O₂」「He」と赤字で書かれ、内部には新品のガスシリンダーが整然と並んでいた。

「よし、輸送中の衝撃痕はなし。温度ログも範囲内。」

彼は温度記録計を外し、ラップトップに読み込ませる。画面には緑色の線が安定して走っていた。


佐久間遼はその横で、ラインリールとカラビナを一つずつ取り出しては手触りを確かめている。

「この湿度だとナイロンが伸びるな。補助リールは撚りを強めに巻き直す。」

彼の声は落ち着いていたが、指先の動きは神経質なほど正確だ。日本での訓練を終えていても、現地環境は常に想定を超える。そのことを、彼は痛いほど理解していた。


映像と地層の確認


一方、井上美佳は会議室に機材を並べ、カメラの防湿ケースを開けた。

「レンズ曇り止めは毎晩交換。湿気で結露すると記録が全滅します。」

彼女は冷静にチームへ指示を出す。過去、東日本大震災の避難所で、湿気によってデータカードが破損した経験があった。記録の脆さを知る者として、彼女は徹底して臆病だった。


スーザン・チャンは施設のネットワークを利用して、石灰岩層の年代データを呼び出していた。

「洞窟周辺の石灰岩は更新世後期、十万年前前後の沈積。水没は氷期末期の海面上昇によるもの。」

彼女は地図を指でなぞりながら言う。

「つまり、洞窟内に残っている痕跡は“人類が到達したか否か”の境界線を直接示す可能性がある。」


ラファエル・オルティスが興奮気味に割り込む。

「その環境で孤立進化した魚や甲殻類もいるはずだ。もし結晶沈着が生物体に見つかれば、進化に外部入力が作用した直接証拠になる!」

彼の熱に対して、スーザンは冷静な声を返した。

「出なくても意味があるのよ。科学は“空白”もまた証拠にする。」

二人のやり取りをアリヤ博士は黙って聞き、やがて微笑した。

「だからこそ両方が必要なのです。生物も地層も、どちらか一方では歴史は語れない。」


夜のブリーフィング


夕食後、倉庫に簡易のホワイトボードが立てられた。マーカスが赤いマーカーで大きく数字を記す。

「明日から三段階で動く。

1.機材の最終点検と再封印。

2.洞窟入口までの輸送ルート確認。

3.現地村落との合意形成。」


「合意形成?」とラファエルが首をかしげる。

アリヤ博士が答える。

「洞窟は村人にとって“底なしの井戸”。霊的な意味を持ちます。私たちは外部から来た研究者。立ち入りには説明と承認が不可欠です。」

彼女の声には、地元文化への敬意が滲んでいた。


佐久間は短く息を吐いた。

「科学も宗教も、洞窟の暗闇では同じだ。どちらも“未知”を恐れている。」


その言葉に、井上は小さくうなずき、メモ帳に書き込んだ。

《未知の前で、人は等しく臆病になる。》


夜が更け、倉庫の照明が落とされた。

だが隊員たちの心は冴えていた。

準備は進みつつある。次は、熱帯の密林を抜けて ブルー・チャンバーの入口 に至る――その一歩手前の段階だった。


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