第33章 マーカス・ケルナー ― 数字でしか眠れない男
マーカス・ケルナーはドイツ南部、チロル山脈に近い小さな町で育った。父は登山ガイド、母は看護師。子どもの頃から山と雪に囲まれ、自然と一体になるように育った。だが、その自然は常に牙を隠していた。
16歳の冬、彼は弟と一緒に雪山に登った。アイゼンの音を響かせながら稜線を歩いていたとき、突如として雪面が崩れ落ちた。轟音とともに雪崩が斜面を飲み込み、弟の姿は白い渦の中に消えた。マーカスは奇跡的に雪の上に投げ出されて助かったが、弟は帰らなかった。
捜索の後、父は泣きながら「なぜ君だけが生き残った」と呟いた。
その言葉は、佐久間が抱く問いと同じだった。
マーカスはそれ以来、「自然は予測可能でなければならない」と信じ込むようになった。感覚や直感ではなく、数字と確率。安全は祈りではなく計算だ、と。
彼は工学を志し、ミュンヘン工科大学で機械工学を専攻。博士課程では「潜水環境における人間工学と故障確率解析」を研究テーマにした。リブリーザーの故障率、センサー劣化の確率、酸素分圧の変動シミュレーション。彼の論文は国際的にも注目され、潜水器材メーカーの安全基準に引用された。
だが、彼の冷徹な数字への信仰は、時に仲間を遠ざけた。
ある共同研究で、彼は「故障率を下げるためには潜水時間を半分にすべきだ」と主張した。仲間は「探査効率が落ちすぎる」と反発した。彼はただ一言、「死者が出れば探査は永遠に止まる」と答えた。
結局その遠征は実施されたが、二人のダイバーが低体温で搬送された。マーカスは「私の計算を守っていれば」と静かに呟いただけだった。
やがて彼は国際潜水安全規格委員会に参加し、数値基準の策定に携わった。ガス消費率の計算式、冗長システムの最低構成、潜水前チェックリスト――その全てに彼の影があった。彼は「安全管理者」として各国の調査隊に呼ばれる存在となった。
しかし彼には、一つだけ譲れない矛盾があった。
「リスクはゼロにはできない」という事実だ。どれほど数字を積み上げても、自然は予測不能を突きつける。その矛盾に向き合うとき、彼は弟の声を思い出した。
「兄さん、早く行こうよ。」
あの日の山頂は、今も彼の中で雪に覆われている。
今回のマレーシア遠征で、彼が最も恐れるのは「不確定要素」だ。熱帯の水中洞窟は、ヨーロッパのカルストとは違う。強い降雨で一夜にして水位が変わり、泥流が視界を奪い、ガス計算を狂わせる。
だから彼は冗長性を徹底する。複数のガスデポ、ダブルライン、バディ確認の標準化。
「リスクは最小化できる。ゼロにはならないが。」
その言葉は彼の口癖であり、祈りでもあった。
発足式で記者が「危険すぎるのでは?」と問うたとき、彼が即答したのは、数式を背負って生きる人間だからだ。
「リスクは最小化する。それが私の責任だ。」
彼は決して英雄ではない。むしろ臆病だ。臆病だからこそ、数字を手放せない。
だがその臆病さが、今回の遠征を支える盾となる。
マーカスにとってブルー・チャンバーは、未知の洞窟ではなく、数値モデルを現実に試す「極限の実験場」だった。そしてその闇に弟の面影がちらつくことを、彼自身は認めようとしなかった。




