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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン11

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第30章 規律 ― チームの衝突と調整



東京大学・地球科学研究棟の会議室は、夜になってもまだ灯りが落ちていなかった。ホワイトボードにはガスデポ計画や訓練スケジュールがびっしりと書き込まれ、机の上には資料やラップトップが散乱している。だが、議論は次第に緊迫の度を増していた。


「科学的成果を優先しなければ意味がない。」

ラファエル・オルティスが椅子から身を乗り出し、机を叩くように言った。

「未知の盲目魚や甲殻類を捕獲できるチャンスは一度きりだ。濁りやリスクを理由にためらっていたら、すべてを逃す。」


マーカス・ケルナーが冷徹な視線を返す。

「君は命のリスクを軽視しすぎている。視界ゼロでのサンプリングは事故の典型例だ。デポもラインも無意味になる。科学は“死者の上”には築けない。」


二人の声がぶつかり、会議室の空気が一気に重くなる。


佐久間遼が低く割って入った。

「現場で判断するのは俺たちダイバーだ。サンプル採取は、帰還ルートが保証されている場合に限る。それがラインワークの基本だ。」

直感派である彼だが、命を削ってきた経験から、その声には確固たる重みがあった。


沈黙を破ったのはスーザン・チャンだった。

「ここで必要なのは感情ではなく、ルールよ。」

冷静な口調で、彼女は手元のメモを広げた。

「チームには“科学班”と“ダイブ班”がいる。科学班の希望は尊重するが、ダイブ班の撤退基準が優先される。これを明文化して、誰も破れない規律にするべき。」


井上美佳がカメラを回しながら小さく呟く。

「そのルール自体を映像で残しておけば、未来の研究者は“なぜそう決めたか”を理解できる。記録が規律を守るんです。」


議論はさらに続いた。

・夜間潜水を行うか否か

・通信は光信号か触覚ラインか

・現地での宗教的儀礼にどう対応するか


小さな意見の食い違いが積み重なり、声が荒れる瞬間もあった。だが、そのたびにアリヤ・ハサン博士が調停役として前に出た。


「私たちは国籍も専門も違う。価値観も異なる。でも、共通の目的は一つ。“結晶痕跡が存在するかどうか”を確かめること。」

彼女はゆっくりと全員を見渡し、強く言い切った。

「だからこそ、規律が必要なのです。規律は枷ではなく、私たちをひとつに結ぶ唯一の言語です。」


その言葉に、重苦しかった空気が少しずつ和らいでいく。マーカスは深く息を吐き、ラファエルも肩をすくめて笑った。佐久間は黙って頷き、スーザンは新しいチェックリストを書き加えた。


夜半、会議が終わるころには、壁のホワイトボードに太字で三つの規律が書き込まれていた。

1.撤退条件は絶対に遵守する。

2.科学的希望は尊重するが、安全判断が優先される。

3.すべての決定は記録され、全員で共有する。


アリヤ博士がペンを置き、静かに言った。

「これが、私たちの共通言語です。」


その瞬間、ばらばらだった六人の視線が一点に収束した。国籍も専門も違う彼らを結ぶのは、使命でも情熱でもなく、この規律そのものだった。


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