第72章 潜入開始
深海に潜むそうりゅうは、漆黒の闇の中を静かに滑るように航行していた。その巨体は、わずかな振動も立てずに、任務遂行のために定められた針路を正確に進んでいく。艦橋では、艦長、副長、航海士、ソナー員、そして兵装士官が各自の配置につき、緊張感に満ちた静寂が漂っていた。彼らの視線は、それぞれの計器に釘付けになっている。目標は、2000メートル前方を進む巨大な原子力空母ロナルド・レーガンだ。
そうりゅうの艦長は、静かに命じた。「深度、60メートル。針路、目標のウェーキに合わせろ」。航海士は迅速に操舵を行い、潜水艦はゆっくりと艦首を向けた。ロナルド・レーガンが航行することで生じる巨大なウェーキ、すなわち航跡は、複雑な気泡と水流の乱れを作り出し、ソナー探知を著しく困難にする「ブラインドスポット」となる。
ソナー員は、集中力を極限まで高めていた。彼らの耳には、広大な海の音、そして遠くの艦船の微かなスクリュー音が響く。だが、ロナルド・レーガンの航跡に近づくにつれて、音響環境は一変した。 「艦長、目標ウェーキに進入中。ソナー、広帯域・狭帯域共にロスト!」ソナー員が報告した。
艦長は冷静に頷いた。「よし。ここからが本番だ」。この瞬間、そうりゅうは敵の目から姿を消したに等しい。彼らはロナルド・レーガンの真後ろ、最も危険でありながら最も安全な領域へと潜り込んだのだ。
魚雷発射準備
「兵装士官、魚雷発射準備!」艦長の指示が響き渡る。
兵装士官は即座に反応した。「了解!発射管1番より2番、注水開始!」
艦内には、重く鈍い水の流れる音が響き始めた。魚雷発射管に海水が注入され、内外の圧力が均等になるにつれて、艦全体が微かに揺れる。 「注水完了、発射管内外圧均等!」
「発射管、扉開放!」
「発射管扉、開放よし!」
艦長は、ここで予期せぬ指示を出した。「2番発射管に予備魚雷を装填せよ。」
この指示に、副長と兵装士官の顔に緊張の色が走った。
副長が確認するように問いかけた。「艦長、予備魚雷の弾頭起爆コードは入力しますか?」
艦長は、その視線を副長に一瞬向け、断固たる口調で答えた。「当然だ」。その短い言葉には、いかなる迷いも許さない、揺るぎない覚悟が込められていた。
兵装士官は、ごくりと唾を飲み込み、重々しく復唱した。「了解。予備魚雷装填、弾頭起爆コード入力開始!」
艦内では、装填システムが作動する機械音が響く。発射管制室のディスプレイには、装填される魚雷のデータが次々と表示され、弾頭起爆コードの入力が完了したことを示す表示が点灯していく。
数分後、兵装士官が厳粛な声で報告した。「艦長、1番2番発射管に魚雷装填完了。2番発射管の予備魚雷については弾頭起爆コード入力完了。いつでも発射可能です!」
艦長は、大きく息を吸い込んだ。 「ロナルドレーガンに無線コンタクトをとれ」