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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン11

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第4章 進化は巻き戻すのか?


 火星ラボの顕微鏡の下で、単純な群集がゆっくりと脈を打っていた。糸状の細胞と球状の胞子が絡まり合い、何億年もの眠りから呼吸を取り戻したかのように淡く震えている。


 佐伯医官がその像を見つめながら問いを投げた。

 「もし地球の環境が逆戻りしたら、こうした古い姿の生き物が、もう一度現れるんだろうか?」


 その声に藤堂科学主任は軽く首を振った。

 「正確には“戻る”ことはない。進化には不可逆性がある。ドロの法則って知っているか? 一度失われた複雑な形質は、まったく同じ形で再獲得することはない、という経験則だ」


 佐伯は眉をひそめる。「でも似た姿に見えることはあるだろう?」


 「それは収斂進化だ」藤堂は答えた。「系統的には全く別の種でも、似た環境に適応すれば似た形態が独立に生まれる。けれどそれは“復元”じゃなく“再発明”だ」


 野間通信士がメモを取りながら、顕微鏡像に視線を落とす。「じゃあ、この群集は巻き戻しの結果じゃなくて……ただ環境が安定していたから残ってきただけ?」


 「そういうことだ」藤堂が頷いた。


 ――


 軌道上《YAMATO》では、鶴見技術曹長が外殻モニタを監視しながら、遅延通信で届いた議論を聞いていた。

 「確かに、一度失った構造を同じ手順で取り戻すのは無理だな。遺伝子も発生経路も壊れてしまう。組み替えられた回路をそのまま復旧なんてできやしない」


 航法計算をしていた山岸准尉が顔を上げる。「でも似た環境なら似た形が再登場することはある。イルカと魚竜を思い出してみろ。哺乳類と爬虫類で系統は全く違うのに、どちらも流線型の体に進化した」


 鶴見は笑みを浮かべる。「なるほど。“戻った”んじゃなくて、“似た答えを別々に見つけた”ってことか」


 南條艦長が短くまとめた。「進化は巻き戻さない。だが似た景色は何度でも現れる。それが収斂進化というわけだ」


 ――


 地球の学会場。古生物学のセッションで、同じテーマが議論されていた。


 学者A:「進化には不可逆性があります。ドロの法則に従えば、一度失った複雑な形質を完全に同じ形で取り戻すことはありません」


 学者B:「しかし環境が似ていれば、別系統から似た形質が独立に生まれることがあります。これが収斂進化です」


 スクリーンに映し出されたのは、魚竜とイルカの骨格写真。輪郭は驚くほどよく似ているが、脊椎や前肢の構造は根本的に異なっていた。


 学者Cが補足する。「例えばサーベルタイガーと有袋類のサーベル歯獣。哺乳類と有袋類で系統は違いますが、ともに環境に応じて“長大な犬歯”という解を導き出した。進化は決して巻き戻してはいないが、似た条件があれば似た答えを繰り返すのです」


 会場の聴衆は静かに頷き、メモを取っていた。


 ――


 火星ラボに視線を戻す。藤堂は顕微鏡から顔を上げ、淡々と結論づけた。

 「ここにいる群集は、巻き戻ってきたわけじゃない。進化せずに、ただ安定を保って生き残ってきただけだ」


 佐伯は頷きながら、しかしどこか感慨深げに言った。「もし地球が古生代の海や中生代の温室気候に戻ったら、こういう姿に似たものが再登場するかもしれない。でもそれは全く別の系統から生まれる新しい生物だ」


 野間が小さくまとめる。「進化は巻き戻さない。けど似た風景は何度でも現れる……か」


 葛城副艦長が短く締めくくった。「それが収斂進化ということだ。そして我々が顕微鏡で見ているのは、巻き戻しではなく停滞の証拠だ」


 顕微鏡の中、群集は相変わらず単純なリズムで脈を刻み続けていた。


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