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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン10

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第146章 外交の駆け引き



 シンガポールの高層ビル群を背に、国際会議場には各国の旗が整然と並んでいた。照明に照らされた円卓には、ASEAN諸国の代表、米欧の特使、そして避難先から駆け付けた日本の外務代表団が着席していた。戦火が東アジアを覆うなか、難民の扱いと労働力不足をどう補うか――それが会議の焦点だった。


 開会の合図とともに、各国の報告が始まる。タイ代表は「農村に押し寄せた難民が治安を悪化させている」と述べ、マレーシア代表は「港湾が飽和し物流が止まりかけている」と訴える。会場は重苦しい空気に包まれていた。


 やがて日本代表が発言の機会を得た。背広の袖口には汗が滲み、言葉を選びながらマイクに口を寄せた。

 「我が国は、東京壊滅と北海道戦線の混乱で三百万人の国内避難民を抱えています。それに加え、台湾・韓国から五十万人の難民を受け入れました。しかし我々は、この人々を収容所に留めることなく、農業・介護といった基幹分野に即時投入しています」


 スクリーンには、松山港での登録作業、岡山の介護施設で働く台湾人介護士、愛媛の造船所で溶接に汗を流す韓国人技師の映像が映し出された。


 「結果として、秋の収穫を確保し、医療・介護現場の崩壊を防ぎました。これは難民を“生存資源”として位置づける、新たなモデルであると考えます」


 会場にどよめきが走った。インドネシア代表は深くうなずき、「その実行力は評価すべきだ」と述べた。欧州の特使も「自国でも参考にすべきモデル」と賛辞を送る。表向き、日本は国際社会において先駆的な難民受け入れ策を示したのだった。


 しかし、その裏で日本代表団の表情は硬かった。評価は得ても、国内には別の現実があった。


 ――岡山の介護施設では、高齢者が「異国の人に体を触られるのは抵抗がある」と泣き叫ぶ。

 ――松山港の登録所では、「なぜ外国人には通訳がついて、自分にはつかない」と国内避難民が憤る。

 ――農村では、文化や作法の違いから作業が停滞することもしばしばだった。


 こうした摩擦が日々報告され、政府の広報室には抗議の声が殺到していた。

 「難民に国を乗っ取られるのではないか」

 「日本の文化が壊れる」

 そんな不安が街頭や避難所に渦巻き、時に小競り合いに発展していた。


 会議場の外、日本の外交官同士が小声で言葉を交わしていた。

 「評価を受けても、国内がもたない。現場は疲弊しきっている」

 「だが、ここで国際的信頼を失えば、補給線は絶たれる。内政の不満は抑え込むしかない」


 外交の場では成果を示し、国内では摩擦と不安を抱え込む。その二重構造こそが、日本の現実だった。


 閉会後、日本代表はホテルの一室で原稿を握りしめたまま、窓外に広がるシンガポールの夜景を見下ろした。煌々と光る港湾施設、その背後に並ぶタンカーの列。それは自国が生き延びるために必要な命綱であり、同時に国内社会を揺るがす火種でもあった。


 「難民を受け入れたことが、我々の文化を壊すのか、それとも守るのか……」


 その独白は、ガラスに映る自分の顔にだけ返ってきた。

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