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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン10

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第142章 港の行列

松山港の埠頭には、夜明けとともに長蛇の列が生まれていた。港湾倉庫を急ごしらえで改造した収容センター。その入り口には「登録・配属」と書かれた木札が掲げられ、国内避難民も国外難民も区別なく並ばされていた。


 列は波のように揺れ、遠目には終わりが見えない。前夜に到着した韓国からのフェリー便、台湾からの漁船団、さらに東京壊滅で瀬戸内へ逃れてきた人々が一斉に押し寄せたのだ。倉庫の壁は汗と海水の匂いで濡れ、子供の泣き声と怒鳴り声が交錯していた。


 「次! 職業は?」

 防衛省から派遣された係官が、無造作に避難民を前へと押し出す。


 「農家です! 北海道で畑を――」

 「農業班、秋祭り会館に集合!」

 即座に紙札を渡され、列から外される。


 続いて若い女性が前に出る。

 「看護師資格があります。東京の病院で働いていました」

 「医療班! 臨時センターへ!」

 係官は迷うことなく振り分ける。


 登録は滞りなく進んでいるように見えた。だが列の後方では、すでに不満が渦巻いていた。


 「なぜ彼らには通訳がついているんだ?」

 国内避難民の男が、台湾人家族に寄り添う通訳を指差した。係官が事情を説明する暇もなく、男は声を荒げる。

 「俺たちは日本人だぞ! 配給でさえ説明がないのに、外国人には手厚いのか!」


 係官は冷たく言い返す。

 「通訳がいなければ登録すら進まない。人手が限られているんだ。文句なら後にしろ!」


 怒鳴り声に子供が泣き出し、列は再び崩れかける。自衛官が慌てて走り寄り、無線で応援を要請した。


 倉庫の中では、割り振られた人々が次々に仕分けされていた。農業班は港近くの公民館に集められ、耕作放棄地の再生に投入される。医療班は臨時診療所に直行し、点滴や救急処置に即動員される。介護班には年配の女性が多く、岡山や香川の施設へバスで送られていった。


 だが、そのすべてが混乱の連続だった。


 「自分は溶接工です!」と名乗った男に、係官は「造船所へ」と指示を出す。ところが別の書類には「農業班」と記されており、現場は右往左往。

 「通訳が足りない! 誰か台湾語が分かる者はいないか!」と叫ぶ係官の声が倉庫に響く。


 国内避難民の老婆が、手を震わせながら不満を漏らした。

 「私は東京で家を失ったのに、ここでは名前も呼ばれない……。外国の人には通訳もあって、ちゃんと扱われているのに」

 その言葉に隣の青年が苦笑する。

 「おばあさん、俺たちは言葉が通じるから説明なしでも働けると思われてるんですよ。損得の問題じゃない」


 だが、納得できる者ばかりではなかった。国内避難民と国外難民を一つの列に並べたこと自体が、緊張を高めていたのだ。


 昼頃、突然の銃声が港に響いた。誰かが誤って信号銃を暴発させただけだったが、人々は一斉に悲鳴を上げ、列は雪崩のように崩れた。子供が押し潰されかけ、自衛官が抱き上げて救出する。混乱に紛れ、物資倉庫の戸が破られ、パンや缶詰を抱えて逃げる影もあった。


 「止めろ! 今盗んだら全員が飢える!」

 係官の叫びは虚しく、群衆のざわめきに飲み込まれた。


 やっと列が再び整ったのは、夕刻になってからだった。港に停泊していた貨物船が汽笛を鳴らし、夕日が列を赤く染める。人々の顔は疲労と焦燥に覆われていた。


 最後尾に並んでいた若い男が、自分の番を待ちながらぽつりと呟いた。

 「俺たちは番号でしかないのか……」


 隣にいた台湾人の女性が、片言の日本語で返した。

 「番号、でも……生きるため、必要」


 言葉は拙くても、意味は伝わった。列の先頭で呼ばれる声に、彼らは立ち上がり、また一歩前へと進んでいった。


 

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