第139章 消耗の未来
戦争の季節が移り変わっても、決着の兆しは訪れなかった。台湾西岸、朝鮮半島の38度線、北海道大雪山の三戦域はいずれも血に濡れ、膠着の沼に沈んでいた。
台中や彰化の市街は、もはや原形をとどめていなかった。崩れ落ちたビルの瓦礫が道を塞ぎ、焦げた鉄骨の隙間からはまだ煙が立ち上っている。その瓦礫の影に、台湾軍と自衛隊の兵士が交互に息を潜めていた。
中国軍もまた、歩兵を突入させ続けていた。だが突撃は幾度も瓦解し、残されたのは無数の屍と、焦土に変わった街並みだけだった。塹壕と地下壕を行き来する台湾兵士の眼は疲れ果てていたが、それでも銃を手放すことはなかった。
「敵も動けない。だが俺たちも同じだ」
小隊長は吐き捨てるように言った。撃っても撃たれても、戦局は変わらない。市街はただの墓標の群れとなり、両軍はその間で息を殺していた。
朝鮮半島の戦場も同じだった。38度線を挟んで、韓米連合とロシア軍は数キロの土地を奪い合い、進んでは戻される消耗戦を繰り返していた。
塹壕の中は常に泥と血で満たされ、兵士たちは一日ごとに別人のように疲弊していく。地雷帯が夜ごとに仕掛け直され、翌朝には新たな死体が散乱する。ドローンが上空を旋回し、砲撃の雨が落ちる。その全てを耐え抜いたとしても、得られるのは数百メートルの前進にすぎなかった。
「あと一押しで突破できる」
指揮官たちはそう口にした。だが兵士の誰もが知っていた。明日の砲撃も今日と同じで、突破など訪れないことを。
旭川市の失陥は痛恨だった。だが自衛隊は南方への侵攻を大雪山防衛線で食い止めた。谷間に誘い込まれたロシア戦車群は次々と破壊され、突撃歩兵は機関銃と迫撃砲の前に倒れた。
しかし勝利とは呼べなかった。防衛線の背後には避難民の列が途切れることなく続き、補給も常に危機に晒されていた。兵士たちは疲労困憊のまま交代で壕を守り、次の攻撃に備え続けた。
「旭川は落ちたが、ここは譲らん」
そう繰り返す声が、夜の谷に響いた。だが、その声も疲労に掠れていた。
東京、ソウル、台北、そしてワシントン。各国の指揮所では巨大なスクリーンに戦況図が映し出されていた。赤と青の矢印はほとんど動かず、細い前線の線が血で滲むように揺れている。
「これは勝者なき戦争だ」
ワシントンの将官が呟くと、誰も反論できなかった。
「消耗だけが続いている」
東京の官邸でも同じ言葉が繰り返された。補給は限界に近づき、兵士はすり減り、市民は疲弊していく。それでも戦線を放棄するわけにはいかない。
ソウルの地下壕では、将校たちが赤い目で地図を睨んでいた。
「勝つために戦っているのではない。負けないために戦っている」
その言葉が、戦場の現実を最も的確に表していた。
夕刻、各戦場の空に同じ音が響いた。ドローンの羽音だ。小型偵察機から大型攻撃機まで、数百機が一斉に空を覆った。金属の羽音は蜂の群れのように響き、兵士たちの鼓膜を容赦なく刺激した。
台湾西岸の瓦礫の陰で、韓国の塹壕の中で、大雪山の谷で。兵士たちは空を見上げることなく、ただ疲弊した目を伏せた。
「いつまで続くのか……」
ある兵士が呟いた声は、誰の耳にも届かず、ただ風に消えた。
勝者なき戦争。
消耗の未来は、まだ終わりを告げていなかった。




