第68章 呉軍港 入港
その時、無線から、呉海軍基地からの入港指示が届いた。しかし、その声には、大和の帰還への驚きと、そして「まや」という未知の艦への戸惑いが混じっていた。「…こちら呉海軍基地…戦艦大和…入港を許可する…貴艦に随伴する…『まや』…と申す艦は…一体…?」
呉港内では、既に、歴史的な光景が繰り広げられていた。大和の帰還の報は、瞬く間に港中に広がり、桟橋には多くの海軍関係者、市民、そして軍令部の下級士官たちが集まっていた。彼らは、その雄姿に歓声を上げ、手を振る者もいた。戦艦大和。その名は、この時代の日本人にとって、まさに「不沈の象徴」「最後の希望」であった。
やがて、大和と「まや」は、呉港の奥深く、指定されたバースへと針路を取った。港湾内では、数隻のタグボートが、黒煙を上げながら待機しているのが見えた。大和の巨体は、自力での精密な接岸が困難なため、タグボートの支援は不可欠だ。汽笛が短く鳴り響き、タグボートがゆっくりと大和の艦首と艦尾に接近する。綱が投げられ、大和の乗員がそれを手繰り寄せ、強固なビットに固定していく。タグボートのエンジンが唸りを上げ、巨大な船体が、まるで意思を持ったかのように、ゆっくりと、しかし確実にバースへと引き寄せられていく。
「まや」は、その隣に位置取り、大和よりはるかに小型であるため、タグボートの支援は最小限で済んだ。しかし、その接岸作業中も、桟橋に集まった人々の視線は「まや」に釘付けだった。白とグレーのハルナンバー、流線型の艦体、そして艦橋に林立する見慣れないアンテナ群。それは、彼らの知るどの軍艦とも似ていなかった。まるで、未来のSF映画から飛び出してきたかのような異様な姿に、ざわめきが起こる。海軍の衛兵たちは、銃を構え、その異質な艦を警戒している。
「あれは…一体…?」 「新しい艦か?米軍の…いや、日本の艦か?」 「ハルナンバーは…DDH-180…?駆逐艦なのか?しかし、こんな巨大な…」 軍令部の下級士官たちも、その異質さに困惑を隠せない。彼らは、接岸した「まや」を見上げ、その異質さに言葉を失っている。
大和と「まや」は、指定されたバースに静かに接岸した。舷側には、タラップが架けられ、海軍の衛兵が厳重な警戒態勢を敷き、銃を構えている。そして、その衛兵のさらに奥には、大本営幕僚監部からの出迎えの将校たちが、固い表情で待ち構えていた。
片倉大佐、山名三尉、三条巡査長、そして大和艦長・有賀幸作、森下耕作副長は、厳重な警備の中、幕僚監部庁舎へと移動した。庁舎内は、歴史の重みが染み付いたような重厚な雰囲気。廊下を歩く彼らの足音が、静かに響く。会議室の扉が開かれ、その奥には、梅津、豊田、藤村といった大本営の最高幹部たちが整列しているのが見えた