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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン10

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第113章 ソウル北端



 冬の風が塹壕を吹き抜け、土嚢の隙間から雪が吹き込む。ソウル北端の防衛陣地は、薄い布と泥でかろうじて守られていた。遠方には凍りついた河川が光を反射し、その向こう側にはロシア軍の戦車部隊が影のように広がっている。


 韓国軍の徴兵兵、イ・ジュノは、銃を抱えたまま身を縮めていた。まだ二十歳。徴兵期間は十八か月。入隊して一年が過ぎたが、戦場に立つのは初めてだった。


 隣に腰を下ろしたのは、米海兵隊の志願兵、マシューだった。泥にまみれた迷彩服の肩には星条旗のパッチ。呼吸は落ち着いていて、銃の手入れをする手は慣れたものだった。


「眠れたか?」

 マシューが問いかける。

「三日まともに寝てない」ジュノは苦笑する。「交代で見張りをしてても、砲声で起こされる。夢の中でも走ってる気がする」



 マシューは銃身を磨きながら言った。

「俺は四年契約だ。訓練も長いし、ここに来るまでに何度も実戦を経験してる。体は慣れてる」


 ジュノは肩をすくめた。

「俺たちは五週間で兵士にされる。銃の撃ち方と行軍を叩き込まれて、すぐ前線だ。まだ終わったら大学に戻るつもりでいるんだ。だけど……」


 言葉が途切れる。銃を握る手が小刻みに震えていた。

「だけど、こんな戦争を見たら、本当に戻れるのか分からなくなる」


 マシューはしばし黙り込み、やがて低く言った。

「志願兵は最初から戻る場所を捨ててる。だから踏みとどまれる。でも……戻る約束があるからこそ戦える奴もいるんだろう」



 夜になると、塹壕の中で兵士たちの小さな囁きが聞こえた。

「もう限界だ」「次の休暇はいつだ」

 ある若者は、防寒具を脱ぎ捨てて呟いた。

「北へ行かずに南へ歩いたら……誰が気づく?」


 ジュノはその声に耳を塞いだ。だが心の奥で同じ考えが芽生えていることを否定できなかった。

 短期徴兵兵の多くは、終わりの見えない戦闘に耐える訓練を受けていない。彼らの眼には、塹壕の闇が深すぎた。



 翌朝、再びマシューと肩を並べる。

「お前らはいつまで続けられる?」マシューが問う。

「正直に言うと……分からない」ジュノは答えた。「徴兵は期限があるから、それを数えて耐える。でも戦場では期限なんて意味がない」


 マシューはうなずいた。

「志願兵は逆だ。期限はあっても、死ぬまで続く覚悟をしてる。帰るか帰らないかじゃなく、生き残れるかどうかしか考えない」


 二人は互いに黙り込み、雪の降る前線を見つめた。遠くで砲撃が上がり、地面が揺れた。



 その夜、隣の壕から兵士が一人いなくなった。足跡は南へ続き、雪に消えていた。誰も口にしなかったが、皆が理解していた。


 ジュノは胸の奥に重い塊を抱えた。

「俺だって……」と心の中で呟いた瞬間、マシューの声が響いた。

「逃げたいなら逃げろ。ただし仲間を置いていく重さは、一生ついて回る」


 ジュノは唇を噛みしめた。凍りつく空気の中で、その言葉が体を縛った。



 許可を得て塹壕に入った僕は、兵士たちの表情を見ながらノートに記した。

「短期徴兵は帰還を前提とし、長期志願は死を前提とする。制度の差は兵士の心を分け、前線の疲弊を深めている。脱走の兆候は、その亀裂が形となって現れたものだ」。


 ソウル北端の冬の夜、兵士たちの吐息は白く凍りつき、戦線の未来はその白の中にかき消されていった。


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