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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン10

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第95章 国会討論



 東京湾に停泊する戦艦「大和」は、もはや軍艦であると同時に臨時政府のハブとなっていた。艦橋後部にあるかつての作戦室は、いまや閣僚会議の会場である。厚い鋼板の壁に囲まれ、蛍光灯の光が冷たく落ちる空間に、国旗と「臨時内閣」のプレートが掲げられていた。


 集まった閣僚や与野党代表、制服組の幕僚、そして数名の記者。議題は一つ――戦死者数の公表をめぐる方針だった。


 「現状を直視いただきたい」

 声を上げたのは防衛副大臣。机に叩きつけられた資料には、赤字で「推定戦死者数 3万5千」と記されていた。

 「この数字をそのまま公表すれば、国民の士気は崩壊します。避難所は動揺し、補給も乱れる。ロシアが採用しているCargo 200方式――つまり死者を秘匿し、遺体は密閉棺で処理する方法――こそ、国家を安定させる現実的策です」


 室内にざわめきが走った。Cargo 200。北海道戦線で鹵獲された亜鉛棺の光景が、多くの出席者の脳裏をよぎる。


 外務大臣が即座に反論した。

 「その発想は旧日本軍と同じです。戦死を隠し、国民に真実を伝えず、最後に破滅を招いた。東京が壊滅したいま、国民が求めているのは“真実を共有すること”です。隠蔽すれば、社会はさらに分断されます」


 記者クラブから臨席を許された野間遼介も口を開いた。

 「私が花蓮で見た光景をお話しします。ICRC立会いの下、日本は敵兵であっても遺体を返還しました。敵兵にすら尊厳を与えるのに、自国民を数字の陰に隠すというのは矛盾ではありませんか」


 防衛副大臣は顔をしかめた。

 「記者は理想論を言える。しかし我々は国家を運営している。数字の衝撃がどれほどの混乱を招くか、あなたには分からないでしょう」


 これに対し、内閣府防災担当相が口を挟んだ。

 「むしろ逆だ。被災者たちは既に最悪を知っている。彼らの隣に誰が戻らないのか、日々目の当たりにしている。そこへさらに“秘匿”が加われば、政府は信用を失うだけです」


 艦内の空気が重く沈んだ。鋼板の壁に反響する声は、まるで艦そのものが討論を聞き取っているかのようだった。


 やがて、首相が口を開いた。

 「Cargo 200を模倣すべきだという意見は理解した。しかし我々が選ぶ道は、それではない」


 彼は立ち上がり、壁のスクリーンを指差した。そこには先日設立された「国家慰霊殿」の完成予想図が映し出されていた。

 「死者を隠すのではなく、記録し、未来に渡す。暫定の箱に刻まれたDNAチップを統合し、千鳥ヶ淵や慰霊殿に保存する。それが我々の方針だ。公表は段階的に行うが、隠蔽はしない」


 防衛副大臣は椅子を蹴りそうな勢いで立ち上がった。

 「では士気はどう維持するのですか!?」


 首相の声は静かだった。

 「士気とは、嘘で守るものではない。真実を共有し、なお前へ進むときに生まれるものだ。旧軍の失敗を繰り返す余裕は、もう我々にはない」


 静寂が訪れた。誰もが、艦の外に広がる暗い東京湾を思い浮かべていた。あの水面の下には無数の遺体が眠り、まだ名を呼ばれていない。


 野間記者はペンを走らせながら、心の中で確信した。

 ――死者をどう扱うかは、国家の未来を決定づける。


 会議が終わり、甲板に出ると夜風が冷たく頬を打った。停泊する大和の巨体は黒々と海に沈み、空には星が瞬いていた。その下で、ひとつの選択がなされたのだ

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