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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン10

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第77章 混在する袋



 福岡空港の貨物ターミナルに隣接した臨時ラボは、かつて輸入検疫に使われていた建物を改装したものだった。冷蔵車が夜通しで到着し、白い袋が次々と台車に載せられて運び込まれてくる。袋には赤いラベル番号と、花蓮で記録された座標が印字されていた。


 法医学者の佐伯は、白衣の袖をまくりながら一つの袋の前に立った。番号は「TW-2145」。記録によれば、台湾東岸で回収されたものだが、中に何人分が入っているかは不明とされていた。


 深呼吸ののち、ジッパーをゆっくりと開く。冷気がふっと立ち上り、次の瞬間、眼前に広がったのは、無秩序に混ざり合った骨と肉片だった。頭蓋骨の一部、焼損した大腿骨、そして衣服に貼りついた皮膚。どれ一つとして完全な形を保ってはいなかった。


 佐伯は一瞬まぶたを閉じ、心を硬くする。

 ――これは「物」ではない。一つひとつが誰かの証だ。


 彼はピンセットを手に取り、まず大腿骨片を慎重にトレイに移した。次に歯列が残る下顎骨を分離する。計測ノートに「試料A」「試料B」と記録をつける。こうした断片の数が三十に及ぶことも珍しくない。今回も少なくとも二十を超えることは間違いなかった。


 助手が傍らでデジタルカメラのシャッターを切る。すべての断片に番号札を置き、写真を残す。それが後日の再統合の手掛かりになる。


 「佐伯先生、採取順はどうされますか」

 助手の問いに、彼は短く答えた。

 「歯髄から。次に大腿骨髄。それでも足りなければ肋骨片も」


 DNA抽出の効率は部位で大きく異なる。歯髄は保護されやすく、腐敗や高熱にも比較的耐える。だが、それも完全ではない。今回のように焼損が強い場合、解析可能な遺伝子断片はごくわずかしか得られないかもしれなかった。


 試料を液体窒素に浸し、粉砕機にかける。ガラス越しに見える粉が、かつて人を支えていた骨であることを意識した瞬間、佐伯は胸に鈍い痛みを覚えた。

 「我々は何をしているのだろう。――番号で区切られた断片から、一人を呼び戻すために。」


 コンピュータに読み込まれた波形が立ち上がる。断片的な塩基配列が青と赤のピークとして画面を埋めていく。それは無機質な数値にすぎない。だが、重ね合わせ、比較し、統合すれば、失われた「誰か」の姿に近づいていく。


 「これで……ようやく、一人に戻れる」

 思わず漏れた言葉に、助手が一瞬手を止めた。


 袋の中から分離された骨片のいくつかは、明らかに別の人間のものだった。男性と女性、成人と未成年。佐伯はそれをDNAで切り分け、再統合していく。その作業は、まるで瓦礫の中から人間の輪郭を再構築するかのようだった。


 外ではまた冷蔵車のエンジン音が響き、新たな袋が搬入されてくる。今日一日だけで五十袋。三十点ずつ検体を採れば、一日で千五百のサンプルを処理することになる計算だ。時間は常に足りなかった。


 だが佐伯は知っていた。番号ラベルだけが残されれば、遺族に返せるのは「無名戦没者」という記号に過ぎない。科学によってDNAを引き出し、名を取り戻さなければならない。それが、彼の背負わされた責務だった。


 モニターのピークが一つ、家族から提供されたサンプルの波形と一致した。コンソールに「Match」の文字が浮かぶ。助手が息を呑む。


 佐伯は静かにうなずいた。

 「これで――この人は、帰れる」


 白衣の袖に汗が滲んでいた。彼は袋の中の残りの断片に目を落とす。まだ、二十を超えるサンプルが待っている。数字にすれば膨大で冷徹だが、その一つ一つに人の人生と記憶が詰まっている。


 「科学で“再統合”する。――それが、今の日本が死者に約束できる唯一の尊厳なんだ」


 そう自分に言い聞かせながら、彼は次の試料番号をノートに記した。

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