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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン1
137/2259

第65章:絶望の進撃、血潮の道


1945年7月、沖縄本島西海岸。ロナルド・レーガン空母打撃群の圧倒的な「力」によって、海自の防衛線は粉砕され、座礁した「いずも」と「むらさめ」は炎上する鉄塊と化していた。ビーチには、LCACとAAV-7が次々と海兵隊員とM1エイブラムス戦車を吐き出し、その白い飛沫は、沖縄の赤土に吸い込まれて、たちまち血の色に染まっていく。米軍は、もはや何の抵抗も受けずに、沖縄本島への上陸を許されたのだ。


上陸を許した直後から、戦場は地獄と化した。M1エイブラムス戦車が、その巨体を唸らせながら内陸へと猛進を開始する。その履帯が踏み砕くのは、沖縄の赤土だけではない。日本兵の遺体、そして、辛うじて息を吹き返そうとする負傷兵の身体をも、無慈悲に踏み潰していく。主砲が火を噴けば、日本軍のトーチカがコンクリートの破片をまき散らして吹き飛び、その衝撃波が周囲の兵士を吹き飛ばした。轟音と土煙が空を覆い、視界は瞬く間に遮られる。


「司令!弾かれます!歯が立ちません!」牛島守備隊の砲兵の悲鳴に近い報告が、地下壕に響き渡る。九四式山砲や重機関銃の弾丸がM1エイブラムスの硬質な装甲に弾かれ、火花を散らすだけだ。その無力感は、兵士たちの心を深く抉った。


火炎放射器部隊が、エイブラムスの後に続く。彼らは、洞窟陣地の入り口や、反斜面防御陣地の奥深くまで、灼熱の炎をねじ込んだ。「ぐああああっ!」 陣地の奥から、人間とは思えぬ絶叫が響き渡る。隠れていた日本兵が、皮膚を焦がしながら、炎を纏ったまま転がり出て、数歩走り続けた後、黒焦げの塊となって崩れ落ちた。その肉の焼ける匂いは、硝煙と血の匂いに混じり合い、戦場全体に充満した。


「いずも」と「むらさめ」の艦内は、既に地獄絵図だった。応急指揮所は、負傷者で埋め尽くされ、医務員が血にまみれた手で必死の処置を続ける。「止血帯!止血帯はまだか!」医務員の叫び声が響く。床には血溜まりが広がり、壁には破片が突き刺さる。生き残った者たちの顔には、恐怖と疲労の色が濃く浮かんでいた。


「そうりゅう」からの転属者、佐久間機関科先任曹長は、簡易な迷彩服に身を包み、丘陵地帯の影に潜んでいた。彼の隣には、海自の若い通信兵が、M1エイブラムスが放つ機関砲の轟音に怯え、身体を震わせている。ダダダダダダダ! M2機関銃の掃射が頭上を通り過ぎ、樹木がまるで紙のように引き裂かれる。通信兵のヘルメットが弾け飛び、彼の頭から血が噴き出す。佐久間は、倒れた通信兵を抱え起こそうとするが、彼の胸には既に数発の弾丸がめり込み、その瞳からは光が失われていた。佐久間は歯を食いしばり、携帯対戦車弾を構え、土煙の向こうに見えるM1エイブラムスの側面へと照準を合わせた。その手は、怒りと悲しみで微かに震えていた。


別の地点では、佐久間の部下である海自の女性医務員、高梨優三等海佐が、血に染まった包帯を巻きながら、次々と運ばれてくる負傷兵の応急処置に当たっていた。彼女の手は震え、顔には泥と汗と血が混じり合っていた。隣に横たわる陸軍兵の、千切れた脚から夥しい血が流れ出し、地面を赤く染めている。彼女は、持てる知識と医療品を全て使い、必死に命を繋ぎ止めようとしていた。しかし、次から次へと運ばれてくる、手足が吹き飛ばされ、内臓が露出した兵士たちの姿に、彼女の心は悲鳴を上げていた。彼女の白い白衣は、もはや赤黒い塊と化していた。


ビーチは、たちまち死体と瓦礫の山と化した。折れた銃剣、血に濡れた日の丸の鉢巻き、そして海兵隊のヘルメットが散乱している。潮の香りに混じって、焦げ付く肉の匂いと、鉄錆の匂いが鼻を衝く。

米軍は、上陸後も容赦なく攻撃の手を緩めなかった。F/A-18スーパーホーネットが低空で進入し、残された日本軍の陣地を機銃掃射する。ドォォォン! とJDAMが着弾し、土煙が上がるたびに、日本兵の体が宙を舞い、バラバラになって地面に叩きつけられる。


沖縄守備隊の兵士たちは、肉薄攻撃を試みる。手榴弾を抱え、銃剣を構えて戦車に飛びかかる者。しかし、M1エイブラムスの同軸機銃が火を噴き、彼らの体をズタズタに引き裂いた。一人の若い兵士が、戦車の履帯の下に滑り込もうとした瞬間、弾丸が彼の頭を貫き、脳漿がアスファルトに飛び散る。別の兵士は、火炎放射の炎を浴びて全身が炎上し、数歩走り続けた後、黒焦げの塊となって崩れ落ちた。彼らの悲鳴は、ジェットエンジンの轟音と爆発音にかき消され、誰にも届かなかった。


ひめゆり学徒隊の少女たちは、看護や物資輸送で支援を続けていた。彼女たちの白い制服は、すでに泥と血で汚れていた。一人の少女が、担架で運ばれてきた兵士の顔を見て、息を呑んだ。それは、昨日まで笑顔で話していた、佐久間の部下の一人、若い海自の機関兵だった。彼の腹部には大きな穴が開き、瞳は虚ろに宙を見上げていた。少女は、その隊員の名を叫び、彼の冷たくなった手を握りしめた。戦場の過酷さは、幼い心に癒えない傷を刻んでいく。彼女たちの目からは、恐怖と悲しみが混じり合った涙が、とめどなく溢れ落ちていた。


防衛線は堰を切ったように決壊し始めた。組織的な抵抗は不可能となり、各部隊は個々に、あるいは小規模な集団で、内陸へと後退を強いられる。M1エイブラムスの進撃は止まらず、その砲身が向く先には、沖縄の心臓部、首里城がそびえていた。戦場の現実は、あまりにも厳しく、あまりにも血生臭かった。彼らは、ただ生き残るために、そして首里城の最終防衛ラインへと辿り着くために、血塗られた道をひたすら走った。



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