第64章 港の亡霊
釜山の造船所群は、昼なお黒煙に覆われていた。ロシアの巡航ミサイルが再び桟橋を直撃し、修繕ドックに横付けされていた補給艦が炎に包まれる。港湾のクレーンは二度目の打撃で完全に沈黙し、作業員たちの影だけが瓦礫の間を彷徨っていた。まるで亡霊のように。
「本港の稼働率、ゼロ。大邱に切り替える」
連絡車両の中で朴中佐は端末を叩いた。画面には「Repair KPI」と題された指標表が並ぶ。MTTR(平均修繕時間)、在庫可用率、再稼働率――全ての数値が赤に染まっていた。
だがシステムは直ちに大邱の地下整備拠点へ回線を切り替えた。次に光州の民間工廠も追加され、バックアップのE-3施設が動き始める。整備車両が列をなし、夜を徹して南へ向かう。
「光州ラインの在庫可用率は三五%。二週間で尽きる」
副官の報告に、朴は短く答えた。
「数字で動け。感情で判断するな」
現場では破損したK2戦車のエンジンがフォークリフトで地下へ降ろされ、工員たちが油にまみれながら再生作業に入っていた。彼らの手元を照らすのは、スマート端末に映るKPIの赤い棒グラフ。目標値を満たすか否か、それが唯一の基準だった。
港は失われても、修繕の流れは止まらなかった。だが燃料と資材の消費曲線は急速に上昇し、赤線は限界を示していた。
「次の二週間が峠だ」
朴中佐の声は低く、だが誰もがその重みを理解していた。
炎に包まれた港の残骸は、まるで死んだはずの巨獣の影のように揺れていた。だが、その影の奥で、新たな修繕の流れが静かに息を吹き返していた




