第59章 再資源化の戦い
東京の街を覆う瓦礫は、ただの「廃棄物」ではなかった。
鉄骨、コンクリート、木材、ガラス、そして津波が運んだ泥と油。その総量は数億トンに及び、都市全域を覆い尽くしていた。処分しなければ生活の再建は始まらない。だが、埋め立てや焼却だけでは到底追いつかず、「再資源化」が都市を救う唯一の道とされた。
湾岸の仮置場には巨大な破砕機が持ち込まれた。ローターが回転すると、コンクリート塊が轟音を立てて砕かれ、鉄筋が剥き出しになる。磁選機が唸りを上げ、鉄片を吸い上げて別のコンテナに落とす。鉄は製鉄所に送り返され、やがて建材や部品として再利用される手はずだった。
「鉄は武器にも家にもなる。だから絶対に無駄にできない」
現場の監督官はそう語り、破砕された瓦礫の流れを睨んでいた。
一方、木材は別のラインでチップ化されていた。倒壊した家屋や家具から切り出された木片は粉砕機で細かく砕かれ、仮設焼却炉へ送られる。燃料として利用されるだけでなく、一部は農地の復旧に使う「覆土材」として転用する計画も立てられていた。しかし、海水に浸かった木材には塩分が染み込み、腐敗が早かった。作業員は防腐剤を散布しながら処理を進めるが、その労力は膨大だった。
問題は、放射性物質を含む可能性のある瓦礫だった。
核爆発による降下物が付着した建材や土壌は、線量計で逐一測定され、基準値を超えたものは赤タグで区分された。これらは他の資源と混ぜることはできず、厳重に隔離される。
「赤タグは絶対に通常処理に回すな」
環境省の担当官は繰り返し強調した。だが赤タグの山は日ごとに大きくなり、保管場所の確保が追いつかなくなっていた。
仮設の焼却炉でも問題は山積していた。津波で流されたヘドロや家具を燃やすと、有害ガスが発生し、周辺住民や作業員の健康を脅かした。ダイオキシン、アスベスト、重金属。フィルターを通しても完全には除去できず、黒煙が海風に乗って広がった。住民の中には咳や頭痛を訴える者が出始め、行政は「焼却量の抑制」と「フィルター増設」を急遽決定した。
再資源化は「戦い」と呼ぶにふさわしい日々だった。
朝から晩まで、破砕機と選別ラインは唸りを上げ続ける。作業員は耳栓をしていても轟音に包まれ、粉塵に喉を焼かれ、汗と油にまみれて働いた。だが、処理しても処理しても、瓦礫の山は減らない。
「都市一つを丸ごと解体しているようなものだ」
誰かが呟いた言葉が、現場のすべてを言い表していた。
それでも、処理された資材が一部でも再利用されるとき、作業員たちは小さな達成感を覚えた。鉄材は再び梁や鉄道レールに生まれ変わり、コンクリートの破砕片は仮設道路や護岸補強に使われた。泥から取り出した砂は埋め戻し材となり、街の基盤を支え直していた。
「死んだ街の体から、新しい街の骨をつくるんだ」
その言葉は比喩でなく、現場の現実だった。
しかし、どうしても再資源化できない廃棄物もあった。化学工場から流出した薬品のドラム缶、津波に沈んだ車両から漏れ出した油、そして放射能で汚染された瓦礫の数々。それらは仮置場の片隅に積み上げられ、厚いシートと土で覆われた。処分方法は未定。時間が経つほど危険性は増す。
「後世に残したくない。だが、どうすることもできない」
担当官の声は震えていた。
夜、照明塔の下で破砕機が停止すると、作業員たちは瓦礫の山を見上げた。昼間よりも大きくなったようにすら見える。人間の手で制御できるものなのか――誰も答えられなかった。
再資源化の戦いは、都市を再生する希望であると同時に、人類の無力さを突きつける現場でもあった




