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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン10

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第57章 廃墟の街路



 新宿駅西口。かつて摩天楼と歓楽街が混在していた一帯は、いまや黒い瓦礫の迷宮と化していた。津波で押し流された自動車が交差点を塞ぎ、ビルの外壁は崩落し、歩道には鉄骨とガラスが散乱している。見上げれば、30階建てのビルの上層が崩れ落ち、まるで巨大な手で押し潰されたかのように別の建物にのしかかっていた。


 「バックホウ、前進!」

 自衛隊施設科の隊員が手を振る。油圧ショベルが唸りを上げ、車両を押しのけて進む。散水車が粉じんを抑え、後ろにはダンプが待機している。瓦礫はロードチケットで管理され、すべて若洲や荒川河川敷の仮置場へ運ばれていく。だが積み上げても積み上げても、崩れた街の残骸は尽きなかった。


 残留住民は、その瓦礫の陰でひっそりと暮らしていた。居住人口は震災前の五パーセント。つまり、数千人単位の人々がまだ渋谷や新宿に残っている計算になる。避難できなかった高齢者、持病を抱える者、家を失って移動先を見つけられなかった家族たち。彼らは瓦礫の合間にブルーシートを張り、キャンプのような生活を続けていた。


 西口ロータリーの一角には、仮設の給水所が設けられていた。地中に残った配管からまだ使える水を引き、浄水装置で処理してポリタンクに分ける。列をなす人々の顔は痩せこけ、目だけがぎらついている。配給は一人あたり一日三リットル、飲用と調理用で精一杯だ。

 医療テントでは、自衛隊医官と赤十字の看護師が診療を続けていた。ガラス片による裂傷、感染した切り傷、肺炎、胃腸炎。抗生物質も鎮痛剤も不足しており、治療は応急に留まらざるを得なかった。


 「昨日、渋谷で子どもが一人亡くなったらしい」

 瓦礫撤去に従事する隊員たちの間で、そんな噂が流れる。冷たい夜気と、崩壊した街の静けさの中では、噂さえ現実味を帯びる。渋谷スクランブル交差点では、倒壊した大型ビジョンの下に人々が焚き火を囲み、かつて広告映像が流れていたスクリーンは黒くひび割れ、ただの壁に変わっていた。


 池袋では、東口の繁華街がほぼ壊滅状態だった。パチンコ店の建物が崩れ、路地裏は山のような瓦礫で塞がれた。だがその瓦礫の上に、小さな市場が出現していた。被災者同士が持ち寄った缶詰や衣服を交換し、金銭の代わりに「物々交換」が広がっていた。電気も水もない街の中で、人間同士の取引がかろうじて日常をつなぎ止めていた。


 一方、夜になると廃墟の街は別の顔を見せる。外灯は消え、真っ暗な路地を懐中電灯やろうそくの光が揺れる。廃墟に潜り込む者、物資を探す者、そして時に他人の荷を奪う者。治安は急速に悪化し、仮設の警備隊が交差点ごとに巡回した。銃火器の使用は制限されていたが、暴力を止めるには実力行使が不可避な場面も多かった。


 「ここはもう、東京じゃない」

 隊員の一人が呟いた。だが、その瓦礫の街路にも人は生きていた。子どもたちは崩れた歩道で小石を蹴り、母親たちは壊れた商店の奥で炊き出しを作る。かつての繁華街は死んでいたが、瓦礫の上にかろうじて「生活」が芽吹いていた。


 新宿、渋谷、池袋――副都心と呼ばれた場所は、いまや「廃墟の街路」へと変わった。だが人がいる限り、そこには希望と絶望が同居し続けていた。

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