第55章 仮置場の島
若洲海浜公園の駐車場は、もう海辺の憩いの場ではなかった。鉄製のゲートには「瓦礫搬入路」と赤字で大きく書かれ、通るトラック一台ごとに線量計が翳される。アスファルトの上には遮水シートが敷かれ、その上に山と積まれるのは灰色のコンクリート片、茶色の木材、泥にまみれた家財、そして潰れた自動車の残骸だった。海風に乗って、油と焦げた鉄の臭気が広がる。
環境省の作業監督官は、防護マスク越しに声を張った。「次の車両、停止! 積載確認!」
大型ダンプの荷台には、千代田区から搬出されたビルの壁材とオフィス家具が混ざっている。積載票が手渡され、入場ゲートの計量器で重量が記録される。処理の全てはロードチケット制で追跡され、違法投棄や搬送ルートの混乱を防ぐ。
「可燃・不燃を混載してるぞ! 現場で分けろ!」と監督官が叫ぶ。時間との戦いだが、選別を怠れば仮置場はすぐに飽和し、火災の危険が跳ね上がる。
仮置場の一角には、簡易テントが並び、放射線スクリーニングの検査ラインが設けられていた。津波で運ばれた泥や、核爆発で微量汚染された建材はすべてガイガーカウンターでチェックされ、一定値を超えたものは赤いマーキングを施されて別の区画へ。そこは周囲を盛り土と鉄板で囲い、厳重な警備が続く。作業員たちは鉛入りベストとN95マスクを着け、休憩ごとに被ばく量を記録していた。
しかし、量はあまりに膨大だった。東日本大震災で2千万トンとされた災害廃棄物の十倍規模が、わずか数か月で流れ込んでくる。中央区晴海から搬出された瓦礫だけで、山手線を丸ごと囲むほどの体積になると試算された。若洲、夢の島、荒川河川敷……あらゆる空き地が仮置場に転用され、都市は灰色の瓦礫の山に包囲されつつあった。
「また発火だ!」
積まれた木材片の山から白煙が上がる。津波堆積物に混じった油が自然発火したのだ。散水車が急行し、作業員たちがホースで水を浴びせる。火はすぐに鎮まるが、現場には緊張が走る。東京湾岸に設けられたこれらの仮置場は、もはや「都市の裏側」ではなく、生存そのものに直結するインフラだった。
夜になっても照明塔の光の下でダンプは止まらなかった。コンベア式の破砕機が唸りを上げ、鉄筋を選別する磁選機が火花を散らす。積み上げられた鉄材はトン単位で再利用に回され、木片はチップ化されて仮設焼却炉へ。だが放射線に触れた資材だけは行き場を失い、静かに山を成していく。
作業員の一人が呟いた。「ここが、東京の墓標だな……」
その言葉に誰も答えなかった。だが全員が同じ思いを抱いていた。瓦礫はただの廃材ではない。そこには生活があり、歴史があり、人々の記憶が刻まれていた。その山を崩し、再資源化し、焼却し、埋め戻すたびに、都市の記憶がひとつ消えていく。
若洲の仮置場は、東京再生のための出発点であり、同時に過去を埋葬する墓場でもあった




