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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン10

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第49章 集団埋葬か、個別火葬か



 都内の火葬場は、ほぼすべて機能を失っていた。

 葛飾区の瑞江斎場は煙突が倒壊し、炉内は海水に浸かって使用不能。品川の桐ケ谷斎場は建物自体が半壊し、周辺は瓦礫に埋もれていた。稼働可能と報告されたのは多摩丘陵の一施設だけだったが、そこも発電機を動かす燃料が不足していた。数千、数万単位で収容された遺体に対して、火葬能力は一日数十体。計算するまでもなく、絶望的に足りなかった。


 行政の対策会議で、厚労省の担当官は口を固くして言った。

 「仮埋葬の方針を検討せざるを得ません」

 会議室の空気は凍りついた。机を囲む自治体職員や警察幹部は互いに視線を交わし、やがて小さく頷き合った。衛生を守るには、腐敗が進む前に土に還すしかない。だが、それは「家族の望む別れ」を犠牲にする決断でもあった。


 翌日、多摩丘陵の外れに広大な空き地が掘削され始めた。重機が唸りを上げ、数百メートルに及ぶ溝が掘られていく。そこに収容袋を一定間隔で並べ、石灰を振りかけ、土を被せる。仮埋葬地は「衛生処理施設」と公式には呼ばれたが、実際は「集団墓地」に他ならなかった。

 「番号と位置情報は必ず記録しろ。後で掘り返しても識別できるように」

 現場責任者の声が響く。GPS座標とタグ番号が帳簿に記され、遺族が後日訪れるための「地図」として保存された。


 しかし、遺族の反発はすぐに表面化した。

 安置所で面会を終えた母親が叫んだ。

 「お願いです、火葬で送ってあげたいんです! 土の中にまとめて埋めるなんて、あの子があまりに不憫で……」

 職員は頭を下げ、必死に説明した。「順番を待てば数か月先になる可能性があります。その間に腐敗が進み、識別すら困難になります」

 母親は泣き崩れ、周囲の遺族たちも口々に訴えた。集団埋葬は「人の尊厳を奪う」と。


 一方で、衛生班の医師は冷徹に数字を示した。

 「このまま安置を続ければ、感染症が拡大し、生存者にも被害が及びます。犠牲者を守るための火葬か、生きている者を守るための仮埋葬か。選択は避けられません」

 その言葉に、誰も反論できなかった。


 最初の仮埋葬が行われた日、現場には僧侶と神父が呼ばれ、読経と祈りが捧げられた。遺族の立ち会いは限定的だったが、白い花束と線香が溝の上に置かれた。作業員たちは帽子を脱ぎ、黙祷を捧げてからブルドーザーを動かした。土が降り注ぐ音が響き、袋の列が次第に見えなくなっていく。涙を流しながら手を合わせる遺族にとって、それは「別れ」というより「引き裂かれた瞬間」だった。


 別の地域では、個別火葬を求める遺族のために簡易火葬炉が設置された。金属製の移動炉に燃料を注ぎ、数時間かけて一体を焼却する。だが煙突は低く、黒煙が周囲に立ち込め、近隣住民からの苦情も相次いだ。火葬炉を動かす度に膨大な燃料が必要で、持続は難しかった。


 行政は「集団埋葬を原則、火葬は例外」とする方針を固めた。しかし、その通達は家族にとって残酷な響きを持った。番号で管理され、列に並べられ、土に埋められる――人の人生の最期がそう記録されることに、多くの人々が耐え難い屈辱を覚えた。


 現場の職員たちも、心の中で揺れていた。

 「尊厳を守るべきか、生を守るべきか……」

 その問いに答えはなかった。ただ一つ確かなのは、都市が受けた被害の規模が、人間の感情をも凌駕する現実を突きつけていたということだった。


 夜、仮埋葬地の丘の上から街を見下ろすと、遠くに壊れた高層ビルの影が浮かんでいた。土に眠る数千の袋と、暗闇に沈む都市。その間で、人々はなお「どう弔うべきか」という問いに立ち尽くしていた

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