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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン10

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第41章 灰の中の捜索



 霞ヶ関は、音を失った街だった。

 25キロトン級の核弾頭が上空で炸裂してから数日。火災は鎮まり、黒煙は風に流されて消えたが、残されたのは灰色の瓦礫と静寂だけだった。首相官邸、国会議事堂、中央省庁のビル群は崩れ落ち、道路は瓦礫と焼けた車両で埋まっていた。

 人影はまばらだ。最初の数日は生存者を探す救助隊の声が響いていたが、今は違う。救助の希望は限界を迎え、現場は「捜索」から「収容」へと移行していた。


 警視庁の特別捜索班と陸上自衛隊施設科の混成チームが、防護服に身を包んで瓦礫の山を前に立っている。全員が個人線量計を胸に付け、N95マスクの上から防護ヘルメットをかぶっていた。夏の日差しは強烈だったが、街はビルの影ではなく、崩れ落ちたコンクリートと鉄骨の塊がつくる陰に覆われていた。そこに漂うのは焦げた鉄と、何か別の匂い――人間が焼けた匂いだった。


 「線量、毎時0.8ミリシーベルト。長時間は危険だ、手早くやるぞ」

 測定器を確認した陸曹が声を上げる。隊員たちは頷き、重機と人力での作業に取りかかった。


 倒壊した合同庁舎の一角で、隊員が声を上げた。「人影だ!」

 全員が駆け寄る。瓦礫の隙間に、半ば崩れた机と一緒に、黒ずんだ遺体が挟まれていた。爆風と火災で皮膚は炭化し、衣服も判別できない。遺体収容袋が広げられ、作業員が手際よく遺体を引き抜く。金属片がこびりついたままの遺体は脆く、慎重に扱わなければ崩れてしまう。


 「タグ番号0032。発見場所、霞が関一丁目、北側通り。時間、十時十五分」

 警視庁の検視官が淡々と記録を口にする。遺体には紙タグが取り付けられ、写真が撮影される。ポケットからは焦げた社員証が見つかった。会社名は判読不能だが、プラスチックの片にかろうじてロゴの残骸が残っていた。


 別の隊員が、手を止めて呟いた。「助けられなかったんだな……」

 現場には誰も返事をしなかった。数日前まで「生存者を救う」ためにここにいた彼らが、今は「亡骸を収容する」任務に切り替わっている。心にかかる重みは倍増していた。


 午後になると、気温は35度を超えた。防護服の内側は汗で濡れ、作業員たちは交代で休憩を取る。だが休憩所といっても、崩壊を免れたコンクリート壁の陰にブルーシートを敷いただけだ。水筒の水を飲むたびに、遠くでカラスの鳴き声が響く。その鳴き声は、捜索が進むたびに増えていた。


 国会議事堂正門前では、大型バックホウが倒壊した石柱をどかしていた。そこでも数体の遺体が見つかる。爆風に吹き飛ばされたのか、散乱する姿は無残で、識別の手掛かりは乏しい。作業員はマスク越しに息を詰め、袋に納めていく。

 「遺留品は?」

 「腕時計と、鍵束。番号タグに記載済みです」

 検視官が確認する。遺体と遺留品は必ずセットで管理される。それが後に家族へ返す唯一の道しるべになるからだ。


 夕方、チームは一日の作業を終え、収容した遺体をトラックに積み込んだ。荷台には並べられた黒い袋が十数体。荷の重みで車体が沈み込んでいた。

 運転席の隊員はシートベルトを締めながら、窓の外を見つめた。かつて霞が関を彩った官庁街は、瓦礫の山と化し、静まり返っていた。その中を、ただ遺体収容車両だけが走り去っていく。


 夜、仮設収容所に到着したチームは、遺体を一体ずつ降ろし、安置テントに並べた。番号順にタグを確認し、所持品と照合する。冷房は稼働しているが、発電機の出力は限界で、冷却は十分とは言えなかった。

 「明日には識別班が来る。今日の記録を忘れるな」

 検視官の声は冷静だが、その目は疲れ切っていた。


 作業員たちは互いに顔を見合わせた。助けることができなかった命、拾い上げてきた亡骸。それをどう扱うかが、これからの最大の課題になる。

 灰の中の捜索は、始まったばかりだった。


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