第37章 前線の工房
石垣島の臨時補給拠点は、夜になるとまるで光を吸い込むように沈黙した。外から見ればただのコンテナ群だが、その内部は野戦修理工房として稼働していた。金属の匂いと油の臭気、そして3Dプリンタの低い駆動音が響いている。
整備陸曹の久我は、溶接用マスクを外し、額の汗を拭った。彼が今取り組んでいるのは、破損した小型偵察ドローンのモーター交換だった。前線で使用中に着弾片を浴び、外装が砕けていたのだ。倉庫に残るスペアはすでにゼロ。代わりにプリンタで造形した部品を組み込み、試験稼働にかけるしかなかった。
「回転数は?」
久我が声をかけると、隣で計測器を覗き込んでいた若い整備員が答える。
「基準の八割……。出せなくはないですが、長時間は持たない」
「八割でも飛ばすしかない」
彼らは無理を承知で部品を送り出す。修繕力こそが戦線の寿命を決めるからだ。
別の区画では、UGV(無人地上車両)の修理が進んでいた。砲弾の破片でセンサーが損傷し、前線から担ぎ込まれた。電子班の技官が基板を手に頭を抱える。
「代替センサーが足りない。市販のカメラを流用するしかないな」
横で民間出身のエンジニアが即席のアダプタを削り出し、ケーブルを半田付けしていく。マニュアルには存在しない処置だが、現場は生き残るために創意工夫を重ねるしかない。
深夜、工房全体がわずかな赤い光に包まれた。金属粉末式の3Dプリンタが稼働を始めたのだ。出力しているのは、F-15Jの油圧系統に使う小型バルブ。純正品なら数か月の納期がかかるが、ここでは八時間で形になる。オペレーターは排熱を抑えるため冷却ファンの回転数を落とし、赤外線センサーに捕捉されないよう注意深く制御していた。
久我は、プリンタの中で徐々に姿を現すバルブを見つめながら、心の中で計算を繰り返す。――弾薬は時間、補給は時間、そして修繕も時間。前線を一日持たせるかどうかは、この小さな工房にかかっているのだ。
翌朝、修繕を終えたドローンがテスト飛行を行った。羽音を立てて離陸し、島の東側の海岸線を旋回して戻ってくる。操縦員は安堵の息を漏らした。だが飛行時間はわずか十五分、通常の半分にも満たない。
「持たせたって言えるのか……」
久我の声に誰も答えなかった。
整備員たちは黙々と次の機体に取り掛かる。敵の圧力は日増しに強まっている。補給船は到着が遅れ、部品は日に日に減っていく。工房の灯りは小さくとも、ここでの作業が戦線の存続を支えていた。
石垣の夜空には星が広がっていた。その下で、コンテナの中の3Dプリンタはなおも唸りを上げ続けていた。




