第36章 Repair Sprint
那覇港に隣接した臨時整備拠点は、三日間だけ稼働を続ける「仮設工場」へと姿を変えていた。コンテナが縦横に積まれ、その間を迷彩ネットが覆っている。内部には旋盤や3Dプリンタ、溶接機、電子計測器が詰め込まれ、昼夜を問わず金属音と機械の唸りが響いていた。
ここで行われているのは「リペア・スプリント」と呼ばれる合同修繕演習だ。72時間で何機、何両、何隻の装備を復帰させられるか――米軍と自衛隊が互いの能力を試す場である。
開始早々、問題は露わになった。航空自衛隊のF-35Aが持ち込まれ、冷却ユニット交換の作業に入ろうとした整備員が、米軍供給の部品ラベルを見て首を傾げた。
「NSNコードが一致しない……。国内コードと突合できません」
米軍の補給担当下士官は肩をすくめる。
「同じパーツだよ。俺たちの在庫システムじゃこれで通る」
「いや、うちの管理システムに入力できない。部品は目の前にあるのに、公式には“存在しない”扱いです」
整備員と補給担当のやりとりは数分で激しい口論に変わった。結局、現場の判断でバーコードを貼り替えて対応したが、記録上は不正規流通の赤印がついた。
別の整備区画では、陸自の地対艦ミサイル車両が電子系統の不調で運び込まれていた。米軍側の電子戦担当技官は端末を接続したが、暗号化された診断プログラムが作動せず、解析はできない。日本側のエンジニアが工具を広げ、回路を直接調べるしかなかった。
「同じ同盟国なのに、互いの暗号鍵でここまで壁になるのか」
誰かが呟いた。
演習二日目の夜、拠点の照明は最低限に落とされ、赤外線カメラによる監視に切り替えられた。敵の衛星や無人機に気付かれないようにするためだ。暗闇の中、金属3Dプリンタが唸りを上げ、損傷したF-15Jのエンジン部品を再生していた。作業員たちは息を潜めて見守る。出力時間はおよそ八時間。完成すれば72時間以内の復帰が可能になる。
一方、米軍の整備班は独自の手法で迅速な交換を進めていた。彼らは「使用期限切れでも短期間なら可」と割り切り、在庫の古い部品を取り付けて機体を飛ばす。自衛隊員の目には危険に映ったが、米側の中佐は言い放った。
「飛べるか飛べないか、それだけだ」
最終日、成果報告が行われた。米軍チームは稼働率を大幅に改善して見せたが、その多くは暫定修繕に過ぎない。一方の自衛隊チームは規則に従い、復帰数は少なかった。会議室の空気は微妙な緊張に包まれる。
統幕の将官がまとめに入った。
「我々は“確実性”を守ろうとして遅れる。米軍は“即応性”を優先してリスクを取る。同じ同盟でも哲学が違う」
演習は成功とされたが、整備員たちの胸には複雑な思いが残った。部品コードの不一致、暗号鍵の壁、そして修繕哲学の違い――それらは単なる演習の課題ではなく、次に訪れる実戦で必ず現実の壁となるだろう。
72時間後、拠点は跡形もなく撤収された。残されたのは油の染みと、互いの整備員が交わした短い握手だけだった。だがその握手に込められたのは、「次は演習ではなく戦場だ」という暗黙の覚悟だった。




