第35章 大和の会議室
東京湾沖に停泊する戦艦「大和」。その甲板は夜霧に包まれ、微かに波を反射する光が揺れていた。周囲には臨時政府の船団が集まり、輸送艦、護衛艦、補給艦が重苦しい静けさの中に浮かんでいる。艦橋の上空では対空レーダーが回転を続け、時折、暗闇に光点を探す哨戒機の航跡が走った。防空態勢は常時緊張の糸を張り詰め、海上は静かだが、そこに漂う空気は爆発前夜のように硬かった。
艦内、通信ハブを兼ねた会議室は厚い隔壁に囲まれ、外のざわめきから切り離されていた。ここに集まったのは防衛大臣をはじめとする政治家、統合幕僚幹部、そして防衛装備庁の技術官僚たち。外では報道陣のヘリが遠巻きに旋回しているが、この場で交わされるやり取りは完全な機密であり、決定はそのまま戦場へと直結する。
大型スクリーンには全国の主要基地と補給拠点の稼働率が投影され、赤と黄の棒グラフが並んでいた。
「F-35Aの稼働率は五割を切っています。冷却モジュールやアクチュエータの不足が深刻で、米側サプライチェーンに依存する限り改善は望めません」
装備庁の技術官が低い声で報告する。
統幕の航空担当将官が即座に口を挟む。
「一機あたり数百億を費やしても半数しか飛ばせない。戦力算定そのものが崩壊する」
政治家の一人が苛立ちを隠さず応じる。
「だが米国との協定を無視することはできん。F-35は日米同盟の象徴だ。自由度を求めて同盟を損なうわけにはいかない」
技術官は食い下がる。
「しかし改良12式地対艦誘導弾なら国内で全て回せます。設計も治具も揃っており、修繕もアップデートも可能。先月の花蓮戦線では国産の方が稼働率を維持できました。必要なのは政治判断です」
「国産は自由度、輸入は制約」
統幕長が短く言い切る。
画面が切り替わり、呉基地で修理中の護衛艦「まや」の画像が映し出された。赤錆に覆われた応急溶接痕。造船技官が肩を落としながら説明する。
「カーボン複合材の部品は国内生産ラインがなく、応急処置しかできません。米国からの部材調達には最短でも三か月を要します」
防衛大臣は机を叩きつけるように言った。
「それでも艦を出すしかない。敵は待たない」
制服組の将官が静かに反論する。
「無理をすれば、次の戦闘で艦を失います。修繕の限界を超えれば、戦力は逆に削がれる」
議論は堂々巡りを繰り返した。国産装備拡充を訴える技術官、同盟維持を最優先とする政治家、現場の限界を直訴する制服組――いずれも正論に見えるが、折り合いはつかない。
やがて会議は打ち切られ、参加者たちは無言のまま会議室を出た。厚い鋼板の通路を進む足音だけが艦内に響く。艦橋から眺めれば、東京湾の夜景は暗く沈み、防空レーダーの回転音だけが重低音のように耳に残った。
統幕長は、隣を歩く若い幕僚に小声で漏らした。
「戦争は兵器の性能でなく、修繕力で決まる。だが、それを理解する政治家は少ない」
大和は東京湾に黙して浮かんでいた。だが艦内に残された議論の残響は、やがて戦場に現実として姿を現す。補給と修繕をめぐる断層は、すでに前線の兵士を静かに蝕み始めていた。




